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新たな河川整備をめざして
−淀川水系流域委員会 提言−
(030117版)

 

平成15年1月
淀川水系流域委員会


提言作成にあたって

<淀川水系流域委員会の目的と特徴>

   「淀川水系流域委員会」(以下流域委員会)は、平成9年(1997)に河川法が改正されたのを受けて、「河川整備計画」について学識経験者から意見を聴く場として、2001年2月1日に国土交通省近畿地方整備局によって設置された。流域委員会は委員会および3つの部会(琵琶湖淀川猪名川)からなり、54名の委員と1名のワーキンググループ専任委員によって構成されている。
 流域委員会の運営は、従来の審議会等と異なる方法で進めており、整備計画策定までの一連の流れが、今後の公共事業の計画づくりのモデルになることが期待される。
 流域委員会の要点は次の通りである。
準備会議による委員会の構成、メンバー等の決定:4名の有識者からなる準備会議において、委員会の構成、および委員選出を行った。また、委員選出においては新聞等で一般から公募を実施した。委員会は治水、利水、環境、人文、地域の特性に詳しい委員などの幅広い分野の専門家で構成されている。
委員による自主的な運営:委員会の検討内容、進め方等は委員が自主的に決定し、委員会運営に必要な庶務事項を民間企業がサポートしている。
審議のプロセス、内容の情報公開:会議および会議資料、議事録等はすべて公開し、審議の透明性を高めている。
幅広い意見の聴取:会議開催時には、一般傍聴者からの意見聴取を実施するとともに、現地視察・調査の際には、地域の住民の意見を聴くことを行っている。また、委員会では、淀川水系のあり方に関して、一般から公募した意見の中から代表的なものについて発表してもらい、とりまとめの参考としている。
計画策定以前からの委員会の参画:原案が提示され、それに基づいて審議を行うような従来の形式ではなく、河川整備計画原案の作成以前の段階から、今後の河川整備のあり方等について幅広く議論を行い、その方向に基いて河川整備計画原案が策定されるという方式を採用している。

<本提言の位置づけ>

 
本提言は、委員会、部会での検討を踏まえ、河川の整備にあたっての視点、考え方、方向性等を示したものである。
本提言は、2002年5月に提出された「中間とりまとめ」をもとに作成されたものである。「中間とりまとめ」作成以降、河川管理者との質疑応答や一般からの「中間とりまとめ」に対する意見募集を行った。また、中間とりまとめの中の主要なテーマについては、その内容を深めるためワーキンググループを設立し、集中的な議論を行い、並行して委員会、部会でも議論を深めてきた。本提言はそれらの結果も踏まえ、まとめられたものである。

 


 

川づくりの理念の変革−淀川水系がもつ多様な価値の復活に向けて−

 淀川水系は、世界有数の古代湖である琵琶湖をふくむ長い歴史のなかで、この水系独自の進化をとげた固有種を含めもつ多様な生物の宝庫である。
 また、古くから人間がこの水系の恵みを利用して豊かな社会、文化を築いてきた文明展開の場である。このように、淀川水系は長年にわたって自然と人が築きあげてきたもので、その流域に住む人々や生物にとって、多面的、複合的な価値をもつ、かけがえのない存在である。
 しかしながら、淀川水系の状況は、ここ数十年の急激な人口増加、都市化、産業の進展、生活様式の変化とそれを支えてきた流域の開発や治水・利水事業により大きく変化した。この間、河川については専ら治水・利水中心の効率的な河川整備が行われ、水質保全、生態系保全などの環境的配慮の視点が河川整備や河川管理から欠落していた。その結果、水質は悪化し、また生物の生育・生息環境は著しく劣化し、すでに絶滅したもの、その危機にあるものなど、淀川水系の生態系は深刻な状態に至っている。また、人に安らぎや憩いを与えてくれた川の風景はほとんど消えかけており、人と川との関わりは希薄になっている。このような状況は、将来における人間の生存の基盤をも脅かすものである。
 いまこそ、これまでの河川整備の理念を改革することにより、失われつつある淀川水系の自然・文化を取り戻し、次世代に継承していかなければならない。
 河川整備においては、環境・治水・利水を総合的に考えるべきことはいうまでもないが、河川環境の現状から見て、従来進められてきた「治水・利水を中心とした河川整備」を「河川や湖沼の環境保全と回復を重視した河川整備」へ転換していくことが必要である。
 淀川水系流域委員会は、ここに、上述の視点に立って河川管理者が河川整備計画を作成するための新たな河川整備の理念、それを具体化するための整備のあり方を提言するものである。
 河川管理者はこの提言をもとにして河川整備計画の原案を作成し、さらに、その原案に対する流域委員会および地域住民や住民団体(NGO、NP0などを含む)の意見を反映させた河川整備計画を作成されるよう強く要望するものである。

 

 


 

 

新たな河川整備をめざして
−淀川水系流域委員会 提言−

 

1 琵琶湖・淀川流域の特性
 
1−1 流域の概要 1−3 淀川流域の特性
1−2 琵琶湖流域の特性 1−4 猪名川流域の特性

2 河川整備の現状と課題
 
2−1 河川環境の現状と課題 2−3 利水の現状と課題
2−2 治水の現状と課題 2−4 河川利用の現状と課題

3 新たな河川整備の理念
 
3−1 河川整備に関する基本認識 3−4 新たな利水の理念
3−2 新たな河川環境の理念 3−5 新たな河川利用の理念
3−3 新たな治水の理念  

4 新たな河川整備計画のあり方
 
4−1 河川整備計画に関する基本事項 4−6 ダムのあり方
4−2 河川環境計画のあり方 4−7 関係団体、自治体、他省庁との連携
4−3 治水計画のあり方 4−8 住民参加のあり方
4−4 利水計画のあり方 4−9 淀川河川整備計画策定・推進にあたって 河川管理者が行うべき住民との関係構築
4−5 河川利用計画のあり方

 

 


 

1 琵琶湖・淀川流域の特性

 

1−1 流域の概要

   淀川は、滋賀県山間部の大小河川にその源を発し、湖面積670km2、容量280億m3というわが国最大の湖である琵琶湖を経て、京都盆地、大阪平野を貫流し、大阪湾に注いでいる。
 淀川流域は、本川上流の琵琶湖、瀬田川・宇治川、左支川木津川、右支川桂川、淀川本川および猪名川の各流域よりなり、滋賀、京都、大阪、三重、奈良、兵庫の2府4県にまたがっている。全流域面積は8,240km2 であり、国土面積の2.2%に相当する。

 この流域では、平安京をはじめとする都が千数百年を超えて引き継がれ、わが国の政治・経済・文化の中心地として栄えてきた。いまも京都・大阪をはじめとする多くの都市が密集し、流域内人口は1,100万人余に達し、想定氾濫区域内には660万人の人口と100兆円以上の資産が集積している。

 淀川流域を気象学的観点から分類すると、雨量の少ない瀬戸内海気候区に属する下流域、台風による雨量の多い太平洋型気候区の木津川上流域、降水量の多い日本海型気候区の琵琶湖北部流域、前線性雨量の多い桂川上流域および猪名川上流域の4区域に分けられる。

 淀川の流況は、天然の大貯水池である琵琶湖がもつ調整効果に、融雪期・梅雨期・台風期における支川ごとの流況差が加わり、わが国の他河川に比べてきわめて安定したものとなっている。なお、本川枚方地点の年総流出量は約90億m3、平均流量は285m3/s、最大流量と最小流量の比を表す流況係数は122である。

 淀川水系流域委員会は、委員会と3つの部会(琵琶湖部会、淀川部会、猪名川部会)からなるが、各部会が取り扱う流域範囲は図に示す通りである。

 

図 淀川水系流域委員会の各部会が取り扱う流域範囲

 

1−2 琵琶湖流域の特性

   琵琶湖はきわめて長い歴史をもつ世界有数の古代湖であり、その流域は、河川、湖沼、内湖、水陸移行帯、地下水、水路が一体となって、水と関わりの深い地域社会を形成してきており、総体として自然的にも文化的にもわが国の貴重な財産でありつづけてきた。滋賀県内の400以上の河川・水路のほとんどが琵琶湖に流入し、県域の約96%がその集水域となっている。
 近年、琵琶湖とその周辺では、人口増加や産業集積にみられるように、急速に開発が進んできている。また琵琶湖総合開発事業により、琵琶湖は近畿圏の主要な水源としてあるいは洪水調節機能をもつ一種のダムとして流域全体の治水および利水に大きな貢献をしてきた。その一方で、水質・生態系への負荷が増大し、自然環境とそれに依存する伝統産業などにも大きな悪影響を与えている。

<気候・地勢的特性>
 琵琶湖に流入する河川の流域は、太平洋気候区と日本海気候区にまたがり、気候特性が多様である。北部の冬期の降雪や膨大な貯水量を有する琵琶湖の水量、水収支、水質の変動は、淀川水系の流況および水質に大きな影響を与えるとともに、水位の調節機能などにより淀川の流量の安定化に寄与している。春期には低温の融雪水に含まれる大量の溶存酸素が湖底にまで達し、悪化傾向の認められる琵琶湖北湖の水質・底質を回復させる働きをしている。琵琶湖に流入する河川の流送土砂により、多数の扇状地や天井川、尻無川が形成され、河口付近には三角州が発達している。

<環境的特性>
 琵琶湖には、ホンモロコ、ニゴロブナ、ゲンゴロウブナ、ビワコオオナマズなどの魚やカワニナ類などの巻貝を中心に、約60種の琵琶湖固有種が生息している。琵琶湖はきわめて長い歴史をもち、内湖など湖と陸地との間には変化に富んだ移行帯が発達し、かつ流入河川と一体になった多様な生息場所が多様な機能を有する生態系をつくり上げ、さらにこれらの生態系が多様な生息場所を産み出してきた。川沿いには高樹齢のものを含む河畔林が発達し、多様な生態系を保全するとともに、自然護岸あるいは動物の移動経路としても重要な役割を果している。

<歴史・文化的特性>
 湖の内外には縄文時代からの遺跡が多数存在し、祖先伝来の文化の跡を伝えている。それには洪水などの災害への対策事業の存在も含まれている。湖とその一帯は歴史的に水上交通の要衝として発展し、東西にのびる主要陸上交通路の分岐域としてあるいは日本海航路を京都・大阪へつなぐ湖上舟運路として活用され、近畿圏の社会・歴史・文化の交流と発展にかけがえのない役割を果たしてきた。
 また、湖岸一帯は古くからの農林業・漁業が展開した場所として繁栄を誇り、近江八景・鮒ずしなどの独自の文化が醸成された。さらに、淀川水系の上流部に位置するため、古くから瀬田川の浚渫や堰の建造・操作をめぐり、下流との係争が繰り広げられてきた。かつては護岸の補強材として植栽された竹類がさまざまな道具や食材に利用され、四つ手網漁、かっとり簗漁などの独特の河川漁法が行なわれていた。

<社会・産業的特性>
 湖岸と流入河川流域では、急激な人口増加とそれに伴う生活様式と産業構造の急激な変化がある。また、近畿圏の近代化(都市化・工業化)による水需要に対応した1971年から1997年の琵琶湖総合開発特別措置法による事業(琵琶湖総合開発事業)などにより、いわゆる「近畿の水がめ」として、流域全体の経済発展に重要な役割を果している。さらに、湖面では、かつて重要であった湖上舟運の多くは姿を消したが、釣りなどの遊びや観光など、多様な利用形態が存在している。
 計画・工事中のダム(直轄管理区間)として、琵琶湖に流入する姉川の支川高時川上流に丹生ダムがある。

 

1−3 淀川流域の特性

   淀川は、滋賀県山間部の 淀川流域は、それぞれ異なる特性をもつ木津川、瀬田川・宇治川、桂川、淀川本川によって構成され、流況は比較的安定している。
 淀川流域は、古来より文化的・経済的に発展していた地域であり、川づくりの歴史、史跡、川にまつわる文化が豊かに存在している。現在は、流域の多くで都市化が進み、人口密度や経済的集積が高く、想定氾濫区域には多くの人口と資産が存在している。

<気候・地勢的特性>
 木津川、宇治川、桂川の三川が合流し、淀川本川となって大阪湾へ注いでいる。
 淀川流域は、上流に大貯水量の琵琶湖が存在することに加えて、木津川上流部は台風による雨量が多く、桂川上流部は前線性雨量の多いことが、淀川本川の流況を比較的安定したものとしている。
 木津川、宇治川、桂川には、それぞれ、岩倉峡、鹿跳、保津峡という狭窄部が存在し、人々の憩いの場として親しまれる一方で、度重なる洪水氾濫により上流住民に大きな苦痛を与えてきた。
 木津川はもともと土砂の流出が多い砂河川である。桂川の上流部には急峻な渓流が存在する。淀川本川は、琵琶湖の存在と支川の流出特性が異なることに加えて、瀬田川洗堰や天ヶ瀬ダムによる水位管理により、流量の変動が小さい。また、淀川本川は、河川の流れの特性から、汽水域(河口〜淀川大堰)、湛水域(淀川大堰〜枚方大橋)、流水域(枚方大橋〜三川合流点)に分けられる。

<環境的特性>
 木津川は、砂河川としての水質浄化機能が高いものの、上流での各種の開発により汚濁負荷が高い。オオサンショウウオ、イタセンパラなどの貴重な生物が生息できる環境が存在する。また、河畔林も多く、河道には余裕がある区間もあり、中小洪水に対する遊水効果がある。瀬田川・宇治川には固有種ナカセコカワニナの生息環境が残され、向島地区の高水敷には広大なヨシ原が存在する。
 桂川には、5世紀に築造された嵐山の一の井堰をはじめ多数の歴史的な堰が存在しているが、低落差の堰は魚類の遡上を妨げることもなく、生息環境をより豊かにしており、自然味豊かな人と川が織りなす歴史的景観を形成している。ただし、近年につくられた多数の高落差の堰は河川の連続性を阻害している。また、桂川および宇治川には周辺都市から大量の下水が流入して、汚濁の一因となっている。一方でアユモドキが生息できる環境も残されている。
 淀川本川には、城北ワンド群に代表されるワンド群、十三干潟、平安時代から雅楽器の素材に利用された歴史のある鵜殿のヨシ原、近畿最大のツバメのねぐらでもある向島地区のヨシ原など、独特の自然環境が存在する。イタセンパラの生息するワンドも存在している。また、三川合流点の上流にあった巨椋池は明治43年(1910)完成の淀川改良工事により河川と分離されるまでは遊水池として機能していたが、その後の干拓によって遊水機能を失うとともに多くの貴重種の絶滅を招いた。

<歴史・文化的特性>
 日本の川づくりの原点である茨田堤、難波堀江、奈良時代の都や寺院建築などのための筏による木材流送、角倉了以の大堰川開削、巨椋池の干拓、灌漑、天ヶ瀬発電所の建設など、川と人との関わりは深い。洪水を想定した高床構造の平等院や桂離宮など、歴史的建造物も流域に多く存在している。
 度重なる淀川の大洪水をはじめとして、田上山の土砂災害、大東水害など、洪水と闘ってきた長い歴史もある。
 舟運については、過書船、淀二十石船、伏見船、三十石船、くらわんか船などの歴史があり、水上交通が西国街道、京街道、木津路などに連絡し、宇治橋などは軍事的要衝となるなど、川と関連した交通が古くから発達していた。
 渡月橋、観月橋、瀬田唐橋、木造で日本最長の流れ橋である上津屋橋などの著名な橋が存在し、神輿洗い(松尾祭、祇園祭等)、船渡御(天神祭)など水と関わりの深い伝統文化が形成されている。また、下流の大阪は都市内を河川が縦横に巡り、八百八橋といわれるほど多くの橋が架かり、水都と称されていた。

<社会・産業的特性>
 木津川では、上流域での急激な人口増加とそれに伴う都市化、多数のゴルフ場開発などの地域開発が進展した。また、関西と中部の文化圏とが混在している。瀬田川・宇治川は茶の産地として知られ、宇治川では観光船がいまも運行し、水力発電も行われている。桂川には農業用水を取水するための多数の井堰があり、農業との関係が深い。また、観光用の保津川下りが運行されている。淀川本川は、上水道、工業用水、農業用水の供給源となっている。広大な河川公園が存在していて、利用者も多い。
 淀川三川の上流域には、木津川流域に室生ダム、青蓮寺ダム、比奈知ダム、高山ダム、布目ダム、瀬田川・宇治川に瀬田川洗堰、天ヶ瀬ダム、桂川に日吉ダム、淀川下流に淀川大堰が存在している。
 計画・工事中のダム(直轄管理区間)として、木津川の支川である前深瀬川と川上川の合流点直下に川上ダム、瀬田川の支川大戸川に大戸川ダムがあり、既設の天ヶ瀬ダムについては放流能力の増強などを目的とした再開発計画がある。

 

1−4 猪名川流域の特性

   北摂山地から流出する猪名川は、淀川の派川である神崎川に合流することから、淀川水系に含まれる。流域は大阪府と兵庫県にまたがり、上流域の一部は京都府に属している。
 猪名川流域には川と人との関わりの長い歴史がある。川にまつわる文化・産業を育み、猪名川の自然と人間が一体となって、独特の自然・文化環境を築きあげてきたが、近代になって下流域が工業地帯として発展した。また、上流域は、近年、大阪都市圏のベッドタウンとして急速に開発が進み、大規模な住宅団地の造成が行われている。
 このように、上流・下流ともに都市化が進展しているが、上流には棚田地帯などの貴重な緑が広がっている。

<気候・地勢的特性>
 流域は瀬戸内海気候区に属し、年降水量は少ないほうであるが、時に発生する集中豪雨の分布は、上流域全体に集中して降るものから、中流左岸部に集中するもの、中流右岸部に集中するものなど各種のものがある。
 全流域面積383km2のうち山地が約8割を占め、幹川流路延長は43.2kmと短く、平均勾配は大きい。このため平常時の流量は少なく、洪水時との差が大きいという特徴がある。
 上流部には谷底平野と渓谷が見られ、山地・丘陵地の水源地帯である。銀橋周辺の狭窄部を過ぎると、両岸に伊丹段丘や池田豊中段丘が見られ、かつては畑作地帯であったが、近年は宅地化が進んでいる。さらに、下流部の沖積平野では川のすぐ傍まで市街地が広がっている。

<環境的特性>
 猪名川は全体としてかなり人為による影響が大きい「里川」的存在であり、いまもさまざまな形で多くの人に利用されている。
 河道内の植物は他の河川に比べて外来種が多い。上流域は豊かな里山環境が最近まで維持され、希少種を含む多様な動植物が生息している。河道内にはオオサンショウウオが生息し、ゲンジボタルの発生が各地にみられる。下流域も含め、周辺の竹林などにはヒメボタルの発生地も多い。魚類については、上流部に陸封型カジカやアカザ、局所的にナガレホトケドジョウ、中下流部にもムギツクやヤリタナゴなど30種近い淡水魚が生息しているが、全般的には流域の開発や河川改修により、種の多様性は低下傾向にある。
 流域の中心部に一庫ダムが建設され、その周辺には住宅団地が、さらに上流部にも大団地とゴルフ場が造成されており、これらのダム湖および河川への影響は無視できない。下流域では、住宅と工場等が密集していて、猪名川がほとんど唯一の残された自然として市民の高い評価を得ている。

<歴史・文化的特性>
 万葉集時代からの歴史があり、田能の弥生遺跡、行基の昆陽池に残される開拓と灌漑の跡、造船・建築などの専門家である渡来民猪名部氏の伝承などがある。かつては銀や銅の採掘が行われ、周辺の山々では古くから盛んに炭焼きが行われていた。また、多田地区には多田源氏発祥の地とされる神社がある。東西交通の要衝に位置し、上流地区の物産の集積地でもあった商都伊丹や池田は、良質の伏流水にも恵まれ、酒造が発展している。

<社会・産業的特性>
 山地・丘陵地では栗・椎茸が栽培され、斜面に広がる棚田では米がつくられてきた。クヌギを使った「菊炭」の産地として知られる。下流域では畑作と稲作が広く行われていたが、交通と豊富な水に支えられて工業化が進み、多くの工場が立地し、住宅も密集している。戦後、とくに千里での万国博覧会開催以降、急激に都市化が全域に拡大した。川西市の大規模団地、一庫ダム周辺の住宅団地など開発が進み、新旧住民の混在がある。また、丘陵地には多くのゴルフ場が造成されている。
 計画・工事中のダム(直轄管理区間)として支川の余野川に余野川ダムがある。

 

 

 河川整備の現状と課題

 

2−1 河川環境の現状と課題

   治水および利水・利用を主目的とした堤防、ダム、堰などによるこれまでの河川整備は、治水および利水の安全度を向上させ、今日の社会・経済活動に貢献している。しかし、こうした河川整備は環境面において河川・湖沼およびその流域へ過度の負荷を与え、多くの問題を引き起こしている。すなわち、河道の掘削や直線化、コンクリートで固められた護岸、湖沼や湿地の干拓や埋立、ダムや堰による治水、利水面からの流量や水位の調節、ダムによる流砂の遮断など、さまざまな人為的行為により琵琶湖・淀川水系の生物にとっての生育・生息環境は著しく悪化している。
 生物にとって大切ななだらかな水辺、瀬や淵、変化に富んだ河原、ヨシ原などが減少するとともに、水質が変化し、水域の連続性が遮断されている。在来魚の生息地である浅い水域の喪失はオオクチバス(俗称ブラックバス)、ブルーギルなどの外来魚の繁殖適水域を格段に増大させる要因にもなっている。また、生物の生存にとって重要であり、川や河原の生物の生活に欠かせない自然の水位変化が人為的な水位操作により失われている。堰やダムが魚の遡上を阻み、生物の縦断方向の連続性を損っている。ダムによる流砂の遮断や砂利採取は、河床低下や流路の固定化、植生の侵入を招き、河川の生態機能を著しく低下させている。また、低水路河道の低下により出水時に高水敷に冠水する頻度は減少し、高水敷の陸域化が起こっている。
 流域における人間活動、とくに大量生産・大量消費の生産・生活様式や開発行為は、健全な水循環を阻害するなど直接・間接に自然環境に大きな負荷を与え、水質をはじめ水域の水環境を悪化させ、人を含めた生態系にとって懸念される課題を引き起こしている。最近、農薬や工業用化学物質、家庭で使用される薬品などに含まれる微量有害化学物質、とくに内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン物質)による環境汚染も懸念されている。

なお、流域ごとの河川環境の現状と課題を示すと、次の通りである。

<琵琶湖流域>
 琵琶湖とそれに注ぐ川においては、その中流域から下流域における、平常時の流水の欠如による瀬切れと、圃場整備や逆水灌漑による農業排水・濁水の問題、琵琶湖と周辺陸域との移行帯の実質的消滅とその間の水や生物の行き来の著しい減少、内湖の減少、干拓排水と沈殿物の堆積、土砂供給の減少や浜欠け、自然湖岸の減少、地下水の枯渇と汚染など多くの問題が起こっている。なかでも、生物の生活や自然景観に欠かせない自然の水位変化が大幅に失われており、前述の問題と相まって、ホンモロコやニゴロブナ等を典型とする在来魚介類の生息域の減少に大きく影響している。さらに、オオクチバスやブルーギルなど外来種の増殖は、琵琶湖の貴重な財産である固有種、在来種を保全していく上で大きな脅威となっている。
 近年は、これまで限られた知見しかなかった北湖・湖底環境の状態に比較的明瞭な異変の兆候があることが指摘されている。

<淀川流域>
 全般についてみると、流水・流砂の不連続による河床低下や砂礫の移動性の低下が起こり、流路の固定化や高水敷の陸域化、植生の進入などのため河川の物理環境の単純化が起こり、これに洪水ピーク流量の減少、水位変動のリズムの消失および水質や底質の悪化が加わり、淀川固有の自然や生物多様性、すなわち固有の生態系の衰退・変貌、ナカセコカワニナ、イタセンパラ、アユモドキなど多くの固有種、希少種の絶滅の危機を招いている。さらに、ヨシ原など河川特有の植生の衰退、ニワウルシやシナサワグルミなど街路用樹による樹林・河畔林の増大、オオクチバスなどの外来種の増加による在来種の減少、生息域の変化、生態系の劣化・変貌という生態環境の重大な問題を引き起こしている。
 淀川本川では、とくに高水敷の陸域化、ワンドの衰退、ヨシ原の衰退、淀川大堰による水位調節に伴う水位変動の消失、堰による魚類の遡上・降下の障害とともに、汽水域の干潟が減少するなどの問題が生じている。木津川上流では、都市化による中小河川の水質汚濁、治水・利水目的の上流ダム群による水位変動や土砂供給の減少、水質悪化が進み、産業廃棄物処理場による汚染も問題となっている。瀬田川・宇治川では、天ヶ瀬ダムの堆砂と水質汚濁、ヨシ原の衰退、ナカセコカワニナ等の固有種の減少などが問題となっている。桂川では、下水処理水による汚濁および井堰・床止めによる魚類等の遡上・降下障害が顕著である。

<猪名川流域>
 河川の改修工事によって河川形態が単調となり、植生や水生生物の多様性が失われる傾向にある。河川敷内の植物には外来種の優占が見られ、その他の生物にも在来種の減少傾向が認められる。
 中下流部の水質は昭和50年(1975)ごろから急速に改善されたが、他の河川に比較してBOD等の水質指標は悪く、生活・産業排水などによる水質・底質の汚濁状況が続いている。また、上流山間部の開発が進んだことなどにより、上流部の清流環境は確実に失われつつある。下流部には短い区間に多数の堰等があり、落差の大きい堰では魚類の遡上・降下を阻害している。なお、下流の神崎川では水質の大幅な改善が見られるが、高水敷や水陸移行帯のない場所が多く、汽水域を含め生物の生育環境が貧弱である。

以上、琵琶湖・淀川の河川環境の現状を概観した。そのうち、生態系およびその機能を損なう主要な原因を列挙すれば、次の通りである。

健全な水循環の低下、とくに森林域の水源涵養機能の低下
都市域における不浸透層の増大とそれによる健全な水循環・水質浄化機能の阻害
圃場整備や逆水灌漑に伴う用排水分離による水生動植物の移動経路の分断、河川・湖沼への農業排水の排出
水陸移行帯の激減、埋立・干拓等による水辺湿地域の減少、なだらかな水辺の減少、水域相互間や水域・陸域間の連続性の遮断
琵琶湖の深底部における水質・底質の悪化、沿岸部における底質の変化
ダムや堰による水質・水温の変化、水位・流量調節に伴う水位・水量変化の喪失
河床掘削や土砂供給の減少による河床低下、流砂の移動性の低下、瀬・淵・蛇行など変化に富んだ河原の減少、高水敷の冠水頻度の減少による陸域化、河道植生侵入
ヨシ原など水域特有の植生の衰退に伴う水質浄化機能の低下と水質の悪化
固有種・希少種や猛禽類さらには河川特有の植生の減少と外来種の増加
湖沼・河川水質の適正管理の欠如
富栄養化物質の増大と蓄積による水質・底質の悪化
岸や水面の不適切な利用に伴う水質等の悪化
水の人為的繰り返し利用は現状では必ず水質劣化を引き起こすという基本認識の欠如
健全な自然環境に依存する伝統的産業の衰退
農薬や家庭・工業薬品中に含まれる微量有害化学物質や内分泌撹乱物質の排出・生成と蓄積、それによる健康リスクの増大
古くから自然と人間がつくり上げてきた変化に富んだ川や湖の景観の減少とそれに伴う精神文化の変化

 

2−2 治水の現状と課題

   わが国では、洪水は太古の昔からわれわれを苦しめる最大の自然災害であったが、明治時代以降の近代河川技術により治水安全度は飛躍的に向上した。とくに人的被害については、戦後の一時期数千人を数えた年間の死者・行方不明者数が、最近では百人以下に激減している。その結果、われわれの生活に安全・安心感をもたらすとともに、産業・経済発展の原動力となっている。しかし、これまでの努力にもかかわらず水害は毎年発生しており、最近の時間雨量100mmを超える豪雨の発生頻度の増加に伴って、破堤等による壊滅的被害の発生も絶えず、全国各地に大きな物的被害がもたらされている。
 現在の治水計画は、河川ごとに社会的重要度に応じて治水の対象となる洪水の規模を定め、対象規模以下の洪水に対する水害の発生防止を目的として、河道の流下能力を高める河道改修や洪水流量を制御するダム建設などの河川整備を行ってきた。
 これらの河道改修では堤防を連続的なものとしたため多くの遊水池が失われ、河道の直線化と相まって、河川改修が進むにしたがって洪水ピーク流量が増加するという意図しない結果を招いた。また、河川整備が進み治水安全度が向上するにしたがって、もともと洪水氾濫の繰り返しにより形成された沖積平野に人口や資産が集中し、新たな河道改修の実施を困難にするとともに、ひとたび水害が発生すればこれまで以上に被害が大きくなる状況となった。しかも、堤防は土あるいは砂でできており、越水や洗掘あるいは浸透などにより破堤しやすいため、大洪水に襲われると多くの人命や財産が失われる壊滅的な被害が起こる可能性が高い。さらに、治水に有効なダムは河川およびその周辺の自然環境に悪影響をもたらすなどの弊害が生じている。
 一方、流域内には、無・低堤部や狭窄部のように、水害が頻発している地域やその危険のある地域などがあり、治水安全度は地域によってかなりの差がある。また、支川の治水安全度は本川に比べて低いところが多い。
 さらに、浸水の頻度が減少するとともに流域の住民の水害に対する防災意識の低下がみられ、地域の水防を担ってきた水防団についても、団員の減少・高齢化等の課題に直面している。

 なお、流域ごとの治水の現状と課題を示すと、次の通りである。

<琵琶湖流域>
 琵琶湖総合開発事業の一環として行われた治水事業により、湖岸の浸水の危険性が低下するなかで、洪水に対する警戒心がしだいに薄れ、湖岸近くまで土地利用が進んでいる。ダム・堰による流砂の遮断などにより浜欠けが進行している。また、琵琶湖に注ぐ多くの川の下流部は天井川であり、洪水への対応ではこのことを十分に考慮する必要がある。

<淀川流域>
 木津川、桂川などに狭窄部が存在しており、これらの狭窄部の上流域では、水害が頻発している。また、木津川、桂川、瀬田川、宇治川などに、無堤地区や強度的に問題の多い砂堤防地区が存在している。
 宇治川および木津川の遊水池として機能していた巨椋池を干拓地として開発したことにより、遊水機能の低下を招くとともに、その低湿な干拓地の都市化が進んでいる。また、宇治川においては、塔の島地区の流下能力がとくに小さい。
 木津川、桂川、瀬田川、宇治川および淀川本川の想定氾濫区域の人口は660万人、資産は100兆円以上に及んでいる。さらに、下流域の大阪市街地には、海抜ゼロメートル地域が広がり、地下街やライフラインなどへの被害の可能性も含めて、洪水氾濫時の被災ポテンシャルは大きくなっている。また、高潮や津波の危険も有している。

<猪名川流域>
 狭窄部の上流の多田地区では浸水頻度が高い。また、下流部に堤防未整備の危険区間があるほか、鉄橋の存在により堤防高が低くなったままの区間が存在する。神崎川との合流地点周辺では高潮・津波の危険がある。沿川部の都市化により河道拡幅や高規格堤防(スーパー堤防)の用地確保は困難であるが、人口集中地区が多いため、氾濫した場合の被害は甚大になると予想されており、その対策が重要な課題である。

 

2−3 利水の現状と課題

   乾田でのイネの栽培が始まった弥生時代から河川水の積極的な利用が始められ、われわれは必要とする水の大部分を河川から取水してきた。とくに20世紀後半からわが国の産業・経済は飛躍的に発展し、それに伴って河川からの取水量も激増した。
 淀川水系は他の水系に比べて利水安全度は高いほうであるが、1918年から2001年までの84年間についてみると、8回にわたり琵琶湖流域の年間降水量は1500mmを下回っている。しかも、最近の1977年から2001年までの25年間では、降水量の減少傾向に伴って、6回もの取水制限が発生するなど、渇水頻発化といえる傾向がみられる。
 現在の水資源開発基本計画では、利水者および自治体等による水需要予測を積み上げ、不足量をダムや堰等の水資源開発施設の建設により確保するという方式がとられているが、需要予測が過大であり、利用実績との乖離が著しかった。また、水資源開発のために整備されたダム・堰によって水質・水温が変化し、自然の水位変動が失われるなど、生態系に無視できない影響を与えている。
 琵琶湖総合開発事業などの水資源開発の進展により渇水の頻度は減少するとともに、給水制限なども少なくなったが、清浄な水を豊富に使える便利な生活が当然となり、大切に水を使う節水意識は遠のき、人々の水や川に対する畏敬や愛着が薄れてきている。
 一方、地球規模での気候変動に伴う降雨変動やダム堆砂などにより、流域全体の水供給能力の減少が懸念されるほか、農産物の輸入は海外の水資源消費につながるなど国際レベルでの水収支等の課題も指摘されている。

なお、流域ごとの利水の現状と課題を示すと、次の通りである。

<琵琶湖流域>
 琵琶湖を水源とする逆水灌漑システムが多数利用されている。農業用水の優先取水などにより、平常時に流水が少なくなる川や、瀬切れなど水の無くなる区間すら現れた。
 水質面では、集水域の都市化・工業化に伴う汚濁負荷の増大や、圃場整備など農業水利システムの変化に伴う農業排水・濁水の影響も問題になっており、社会全体の水利用量の削減を含め、水利用のあり方を社会全体で再構築しなければ、琵琶湖の水質が改善されないこともまた明らかになってきている。
 また、下流府県の水需要の増大に対処するため、水資源開発を主目的とした琵琶湖総合開発事業が進んで新たな水利権を生んだが、その根拠となった水需要予測は実績と比較して過大であったという問題があり、治水上の要求にもとづく夏期の水位制限が秋・冬期の水位低下の頻発を招く一因となっている。
 琵琶湖周辺の大規模な開発による丘陵地の樹林の消失、田園部の都市化などにより水源涵養機能は劣化しつつあり、水の供給能力の不安定化が懸念されている。

<淀川流域>
 木津川では、上流部での都市化の進展やダム群・ゴルフ場の建設、農業・畜産業排水などによる水質汚濁が問題となっており、産業廃棄物処理施設排水による水質や底質の汚染の危険性がある。また、河床低下による取水障害が見られる。桂川では、開発地からの雨水排水、農業排水、下水処理水などによる水質汚濁の問題が顕著となっている。
 淀川本川では、下水処理水の排水口と上水の取水口が隣接しており、下水処理した水を再び取水し、高度処理して上水道に用いるなどの反復利用が行われている。また、本川に流れ込む中小河川の汚濁による水質悪化が問題となっている。寝屋川、神崎川などの派川では、河川の浄化用水として淀川からの供給増の要望が強い。

<猪名川流域>
 上水道の普及により猪名川流域の大半の住民は渇水被害の経験が少なく、市民の渇水への危機意識は希薄になりがちである。下流部では上水に淀川の水を用いており、猪名川の水に依存している流域人口は限られている。しかし、農業用水としての利用は依然として続いており、溜池への導水を含めて猪名川への依存度は高い。

 

2−4 河川利用の現状と課題

   われわれは河川をさまざまな形で利用している。古くは、生活用水としての利用のほか、魚介類の採取や人荷の移動経路としての利用が主であったが、やがて水車に代表されるように、動力源としても水力が利用されるようになり、これが水力発電へと発展した。また、川の自然を愛し、川にやすらぎを求め、川の景観を楽しむといった昔からの風習・習慣など、川との関わりはいまも人の心を豊かにしている。
 とくに最近では、流域の都市化の進展に伴う社会的要請があったとはいえ、堤内地に整備されるべきグラウンド等が河川空間に設けられたことにより、高水敷は多くの人工構造物で覆われ、これらが河川の自然環境に悪影響を及ぼし、川と人との関わりを希薄なものとしている例も少なくない。
 また、水上バイクのように、一部の人々の無秩序な利用によっても川が本来もっていたさまざまな機能にダメージが与えられているほか、河川敷の不法占有・占拠、ゴミの不法投棄といったマナーの悪化・違法行為なども大きな問題となっており、ゴミ処理などには多大の労力と費用が費やされている。

なお、流域ごとの河川利用の現状と課題を示すと、次の通りである。

<琵琶湖流域>
 琵琶湖においては、外来魚の放流と増殖が琵琶湖固有の生態系へ悪影響を及ぼしており、湖底の砂利採取などが湖棚の幅を狭め、固有魚介類の生息・繁殖場所や漁獲にも悪影響を与えている。
 湖岸が水辺公園として整備され数多くの人々が訪れ利用しているが、利用マナーが守られず、自然環境の悪化が懸念されている。
 また、水上バイク等の利用増加による水質悪化(有害物質の排出)や周辺地域への騒音も大きな問題となっている。

<淀川流域>
 木津川、桂川では、河川敷の不法占拠、不法工作物、不法耕作(桂川)、不法居住(淀川本川)等の問題がある。瀬田川・宇治川では舟運用航路確保の要望がある。
淀川本川では、高水敷の多くがゴルフ場や運動公園として整地されており、年間数百万人の人々が利用しているが、その利用のあり方に自然環境への配慮が欠けている点が問題である。また水上バイク等の水面の利用も問題となっている。

<猪名川流域>
 都市河川である猪名川の高水敷は、運動公園として利用することへの要望が強く、地域によっては多くのグラウンドが整備されている。
 市民のなかには、釣り、野鳥観察、散策などの場として利用し、都市部に残された貴重な自然体験空間と認識している人もいるが、多くの市民にとってその価値が十分認識されているとはいえない。川に関わる文化が薄れ、自然の動植物との共生という意識は未だ多くの市民のものとはなっていない。これが、ゴミの放置やスポーツ優先の利用を促進している。
下流部には一少女の発案により旧河道と河畔林が昔のまま残された部分があり、多くの市民が貴重な水と緑の空間として親しみ、また、多くの市民グループがこの川の利用と保全に先進的な取組みを行っている。

 

3 新たな河川整備の理念

 いま、2000有余年に及ぶわが国の川づくりは大転換を必要としている。治水と利水を主目的として進められてきたこれまでの川づくりは、一見水害が無くなったかのような安堵感と、無限に豊かな水に恵まれたかのような安心感をもたらした。しかし、水害は一向に克服されず、水資源を開発し続けたことなどによって河川環境は著しく悪化し、本来の姿とは大きくかけ離れたものとなっている。
 平成9年(1997)の河川法の改正により、河川環境の整備と保全、地域の意見を反映した河川整備の計画制度の導入が新たに加えられ、行き詰まった川づくりを打開する21世紀の新たな川づくりの幕が上がろうとしている。
 仁徳帝による茨田堤や難波堀江、豊臣秀吉による太閤堤や文禄堤、明治河川法による南郷洗堰や新淀川開削が示すように、それぞれの時代における河川技術の曙が展開されてきたのが淀川流域である。
 河川環境の保全と再生という観点から、河川環境、治水、利水および河川利用について新たな理念を確立し、「川や湖の環境保全と回復を重視した河川整備」「川を活かし・川に活かされる河川整備」を全国に先駆けて始めることは、この流域のさまざまな課題解決に関わるわれわれの使命であると同時に喜びでもある。

 

3−1 河川整備に関する基本認識

   経済効率や短期の利便性を中心としてきた考え方を、長期的な視野により多様な価値をもつ淀川水系の自然を保全・回復させる考え方に転換し、自然と共生し、その恵みを将来にわたって享受し続けられるように、河川整備にあたっては次のような基本認識に立たなければならない。

(1)総合的判断に基づき、自然と人間の歴史を見据えた、予防原則に基づく川づくりへ

 河川環境・治水・利水を個々に考えるのではなく、川や湖のもつ自然の変化を尊重し、水・生物・人を含めた総体すなわち生態系として捉え、その多様な価値を活かすために、総合的判断に基づく川づくりを行う。
 洪水や渇水などの非常時を中心とした計画づくりから、平常時の川や湖の機能を活かし、自然と人との関係の長い歴史を見据えた計画づくりに転換する。
 環境変化の多くはある時点で突然顕在化し、その変化は不可逆的でかつ時間が経つにつれてその影響が大きくなることの多い事実に鑑み、予防原則に基づいて総合判断を行う。


(2)各地域の持つ文化・風土・歴史的な価値や特性を考慮し、流域全体・社会全体で対応する川づくりへ
 治水・利水等に関しても、川の中だけで対処しようとするのではなく、流域全体で対応する方向に転換する。また、物理的・社会的・心理的に人と川や湖とが親しく結びつく状況をつくり上げ、災害等に対してしたたかに対処できることを目指す施策を行う。
 それぞれの地域がもつ多様な地理的・自然的特性や風土、長いあいだ培われてきた歴史的な経緯や文化的特性などに応じたやりかたで、都市計画や農林・水産業も含めた部局横断的・面的な対応を含め、それぞれの場所に相応しい川づくりを行う。


(3)主体的な住民参加による川づくりへ
 行政が計画を立案し、住民がそれを受け入れる方式から、住民と情報交換を行うとともに、住民の主体的な考えや取り組みに学び、行政と住民で共通の目標を立て、それに向かってともに知恵を出し、汗を流し、推し進め、その結果についてモニタリングを行い、さらに知恵を出す順応的方式へと転換する。


(4)柔軟で戦略的な川づくりのための、計画アセスメントと順応的管理の導入へ

 以上のような川づくりを、効果的・効率的かつ柔軟に推進していくため、複数案の比較評価、アセスメント方法の検討、評価結果の意思決定への反映、事後継続評価等を考慮した計画アセスメントを導入する。とくに、アセスメントの実施なども含め、検討段階も広く公表していくことが重要である。
 また、川と流域の状況をつねに把握し、適宜適切に見直しを行っていくとともに、社会情勢の変化や価値観の転換に対応して、事業の効果・影響を見ながら改善するため、柔軟な順応的管理を導入する。

 

3−2 新たな河川環境の理念

   人は自然環境のなかで生き、その活動は、多かれ少なかれ自然環境に手を加え、自然の恩恵を享受・活用することで、世代を重ねてきた。もともと人は生態系を構成する一員にすぎないが、この100年間の急激な人口増加や資源・エネルギーの大量生産・大量消費・大量廃棄は自然生態系を大きく破壊し、いまや動植物だけではなく、人そのものの生存すら危惧される状態となっている。

 一般に「環境」を考えるとき、環境の主体として個人や社会を中心に考えることが多いが、人以外の生命体も生態系の中で明確に位置付けられ、それらは食物連鎖を通じて自然界での物質循環やエネルギー変換に関わり、複雑で巧妙な相互関連のシステムを構成し、かつ動的平衡状態を保っているので、一つの要素に対する影響は連鎖的に他の要素にも影響を及ぼすことを見落してはならない。

 一方、人が生存し、あるいは生存するための活動も、大気、海洋、河川、森林、土壌などの「環境容量」を越えては成立が難しくなる。生態学では、陸域や水域など一定の空間で生活する生物集団と非生物的自然環境との間で形成される自然のシステムを「生態系」という。生態系が健全であってこそ、人は持続的に生存し、活動できるのであり、健全な生態系なくして人類の未来はない。

 わが国では、明治維新後、海外の先進諸国から近代河川技術を導入し、明治29年(1896)に河川法を制定して国家事業としての治水事業を進め、昭和36年(1961)には産業振興・経済発展の基盤づくりのために河川法を改正し、治水に利水事業を加え、水資源の確保と安定供給に努めてきた。さらに、物質的豊かさ・利便性・快適性・災害安全性など、人の利益のみを追求する社会の風潮を背景として、河川管理者は治水・利水に偏重した河川行政を推進してきた。そこには生態系保全の考え方や取組みが欠如していたため、河川・湖沼の環境悪化が生態系のみならず歴史・文化的環境をも大きく劣化させ、将来における人の生存基盤を脅かすに至っている。

 その後、地球環境・生態系保全に向けて、絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(通称ワシントン条約:1980年批准)、特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(通称ラムサール条約:1980年批准)、生物の多様性に関する条約(1993年批准)、気候変動に関する国際連合枠組条約(通称温暖化防止条約:1994年批准)、気候変動枠組条約第3回締約国会議(1997年開催)に基づく京都議定書など、世界的な取組みが始まった。わが国においても、環境基本法の制定(1993年)とそれに伴う環境基本計画の閣議決定(1994年)がなされ、また、河川法が改正(1997年)され、治水・利水に加えて、新たに「河川環境の整備と保全」が河川行政のなかに明確に位置付けられた。この河川法改正の究極の目標は河川生態系の保全と回復である。「これ以上生物種を減少させない」、「人間生存に必須のものである生態系の機能をこれ以上低下させない」との固い決意のもとに、自然豊かな河川の環境を保全・回復し、子孫に残し継承していくことは、我々に課せられた重大な責務である。しかし、100年以上にわたり損ない続けた川や湖の自然やその連続性を回復するには、その幾倍もの時間を必要とするであろう。いわば永遠の課題でもある。

 事業の計画と実施にあたっては、情報公開と説明責任を徹底し、学識経験者、住民団体(NGO、NPOなどを含む)・地域組織を含む住民、企業などさまざまな主体の参画を積極的に推進し、信頼の形成、合意の形成を図りつつ、多様な考え方・知識・技術・働きを融合して協働で取り組むことが必要である。

 また、川は理想的な体験学習、環境学習の場でもあり、癒し・安らぎの場でもある。このような意味からも河川はかけがえのない身近な自然である。心身ともに健全な子どもを育成するために、川に親しみ、川に学べる「美しい風景」、「きれいな水」、「豊かな生物の生息」など、「魅力ある川」をこの水系各地に実現したい。

 以上の理念に基づき、今後は、治水・利水・利用事業においても、「自然は自然にしか創れない」「川が川を創る」という自然の摂理を原理・原則として、計画段階から生態系の保全と回復を優先的かつ具体的に検討し、「河川や湖沼の環境保全と回復を重視した河川整備」に転換する必要がある。

 

3−3 新たな治水の理念

   これまでの治水では、河川や地域ごとに社会的重要度に応じた規模の洪水による災害の発生防止を目的として、河川整備が進められてきた。その結果、治水安全度は飛躍的に向上したものの、水害の危険性は依然として残っている。

 これまでの河川整備のうち治水に関連した主な問題点は次の3点に集約される。

 一つは、計画規模以上の洪水(超過洪水)により壊滅的な被害の発生する恐れがあり、超過洪水が発生するたびに整備水準も引上げねばならないという基本的な弱点があることである。これまでの河川整備では、「水害の輪廻」と呼ぶべきほどに、整備後も計画規模を超える大洪水が繰り返され、その度に整備水準を引上げざるを得なくされてきた。また、現時点での整備計画を達成するだけでも長期の年月と莫大な経費を要するうえ、治水を目的とした整備の進捗が被害ポテンシャルを増大させるという本来の意図に反した問題を生じさせている。

 二つは、河道の直線化による瀬や淵の喪失、コンクリート護岸や鉛直護岸などによる生物の生息環境の悪化、ダムや堰による生物や土砂の連続性の遮断などにより、自然環境に悪影響を及ぼすことである。

 三つは、無・低堤部や狭窄部などのように、水害が頻発している地域やその危険性のある地域などが残され、本川に比べて河川整備の遅れた支川が多いなど、治水安全度に地域差があることである。

 したがって、これからの治水計画では、「超過洪水・自然環境を考慮した治水」、「地域特性に応じた治水安全度の確保」を目的とする必要がある。

 「超過洪水・自然環境を考慮した治水」とは、超過洪水による壊滅的な被害を回避しようとするもので、「破堤され難くする」あるいは「破堤しても被害が軽微となるまちづくり」などにより破堤による壊滅的な被害を回避するのが一例である。なお、治水を目的とした場合でも自然環境への影響を極力回避する河川整備としなければならない。

 「地域特性に応じた治水安全度の確保」とは、水害の発生頻度(発生危険性)、土地の利用状況、社会的重要度などの地域特性に応じて定まる治水安全度を確保しようとするもので、この場合の河川整備でも超過洪水・自然環境を考慮したものとしなければならない。

 

3−4 新たな利水の理念

   現在の水資源開発基本計画では、利水者・自治体等による用途別の水需要予測を積み上げ、不足量をダムや堰等の水資源開発施設の建設により確保するという方式がとられている。しかし、河川の流量はもともと有限であり、取水量にも河川環境からの制約があるため、際限なく水資源を開発することはできない。さらに、水資源開発に用いるダムや堰はいずれも河川およびその周辺の自然環境を悪化させるという基本的な欠陥を有しており、利水の理念についての抜本的な転換が必要となっている。

 このため、これまでの「水需要予測の拡大に応じて水資源開発を行う水供給管理」という考え方を、新たに「水需給が一定の枠内でバランスされるように水需要を管理・抑制する水需要管理」へと転換する必要がある。

 水需要管理は、より精度の高い水需要予測をもとに、節水、再利用、雨水利用、用途変更等により、河川からの取水量を極力抑制しようとするもので、具体的には、より精度の高い予測手法の開発に努めるとともに、水需要予測の手法あるいは予測に用いた原単位や係数を公表し、さらに一定期間ごとに予測の見直しを行おうとするものである。

 われわれは、これまで、水がまるで無制限に存在するかのように、大量に水を消費してきた。「世界水ビジョン」でも取り上げられたように、人口増加に伴う食料不足や水不足は国際的な大問題であり、輸入大国として世界の水を消費しているわが国は、自ら率先して節水に努めるべき時期にきている。こうした観点からも、水需要管理は世界の潮流に合致するものとして推進しなければならない。

 

3−5 新たな河川利用の理念

   河川空間については、河川水面を自由に使用させ、高水敷に河川公園、グラウンドなどを整備することによって数多くの人々が訪れるようになった。しかし、このような利用の大部分は人が川に親しむということではなく、時に過剰で無秩序な利用を招き、流水による高水敷攪乱の減少とあいまって、河川の水質悪化が助長され、生物の生息域が減少するなど、河川本来の姿に悪影響を与えている。河川には独特の自然の営みがあり、多様な生態系が存在しており、これらを流域全体の貴重な共有財産として大切に守り、劣化した自然を再生することは非常に重要である。

 したがって、河川本来の姿を取り戻すためにも、今後は「河川生態系と共生する利用」を基本とし、「川でなければできない利用」、「川に活かされた利用」を重視しなければならない。

 「川でなければできない利用」とは、川以外でもできることは川以外ですることを意味している。例えば、高水敷で運動すること自体はなんら制約されないが、高水敷を運動のためのグラウンドとして整備し、管理・運用を行っていくことは本来の河川のあり方として相応しくない。また、川でなければできない利用だからといって、すべてが許されるわけではない。例えば、水上バイク、プレジャーボート、モトクロス等のように、河川環境を損なうもの、他人に迷惑を及ぼすものについては規制すべきである。「川に活かされた利用」とは、川に近づき、川の恵みを享受し、川の魅力に触れる利用であって、「川に親しむ」、「川に学ぶ」などはこの範疇に入る。

 太古の昔より、川の流れに人生を重ねるかのように、人は川を敬い、川を愛してきた。いま、人は川から離れ、川を親しみにくいものとしてはいないか。川の魅力をないがしろにしていないか。川に活かされた利用を進めることは、本来の川らしさを取り戻すことにもつながるものである。知らず知らずのうちに、われわれは「人間中心の利用」を行い、それが河川環境を悪くする一因になっている。これを反省して、「河川生態系と共生する利用」に変えていかねばならない。

 

 

4 新たな河川整備計画のあり方

 

4−1 河川整備計画に関する基本事項

 

(1)計画策定の視点
  1)統合的な水資源管理
 統合的な水資源管理は、持続可能な社会の形成という国際的理念の観点から、国の経済・社会政策全体の枠内に組み入れることが最も重要である。水は生態系に不可欠な要素であり、また天然資源さらには社会的・経済的財産であるとする考え方に基づいて、水系の側面と流域の側面を統合すべきである。

<地域性、環境・治水・利水バランスの配慮>

 河川の整備はつねに流域の健全な水循環・物質循環・流砂系・生物多様性などを含む生態系の保全を目指すものとし、その地域独自の文化・歴史的経緯の特性なども含め、各河川の個性が重視されるように、施策や事業を計画する必要がある。

<持続可能な視点による検討>
 持続可能な社会を形成するような河川整備をするという国際的理念に基づいて、長期的な影響を考慮した河川のあり方を検討すべきである。例えば、生態系・地球環境などの観点からは、影響が現れるのが長年月の経過後であるものも多い。地球温暖化による影響、社会構造の変化による影響も長期的な視点で順応的に取組むべきである。

2)流域圏に着目した総合的管理計画

 国土の健全な水循環系の回復と持続可能な活用を可能とするため、流域および関連する水利用地域や氾濫原を「流域圏」として捉え、その歴史的風土性を確認し、河川、森林、農地、環境資源などの役割との統合的施策を展開すべきである。

<ソフト施策の推進>
 流域全体・社会全体での対応として、地域における意思決定の仕組み、人材育成、国・行政の意識変革など、各種のソフト施策の実施についても言及した計画にする必要がある。例えば、河川の水域・湖面・河川敷などの利用における流域コンセンサスの形成、地域における災害危険度の周知徹底、土地利用の適正化、河川へ流入する面源的汚濁負荷の低減、流域全体での一貫した土砂管理の方策、一般・産業廃棄物の排出抑制策、などが挙げられる。

<住民、関係団体、他省庁等との連携>

 ソフト施策推進のためには、計画策定および推進において、住民、関係団体、他省庁、地方自治体等との連携が必須である。計画にはその連携方策についても言及する。

3)健全な水循環の保全・回復と需要の抑制

 流域の水源涵養機能の保全と回復とともに、雨水浸透、地下水の涵養、高度処理した下水の河川への還元など、水循環の健全性と、節水・水の有効利用などによる需要の抑制施策を展開する。

4)文化・地場産業・伝統を継承・育成できる川づくり

 琵琶湖・淀川水系の河川や湖沼は悠久の歴史を刻みつつ、それぞれの地域や流域で個性的な水文化、川文化を育み、暮らしや産業を支えて特徴ある「風土」を形成してきた。いまも川辺に祀られている水神や神社が象徴するように、川は信仰の対象であり、祭りの場でもあった。それは人々の水や川の恩恵に対する感謝の念の現れであるとともに、水害や事故など突如として人々を襲う水災に対する畏敬の念の現れでもあった。
 しかし、経済や効率が暮らしの価値観の中心になるにつれて、このような気風が徐々に失われ、それとともに川と一体の暮らしぶり、美しい風景、日がな一日川で遊ぶ子供の姿、豊かな漁獲に裏づけられた食文化などが失われつつある。
 今後、健全で豊かな風土を維持、継承するためには、治水や利水の観点からの整備を進めるだけではなく、豊かな森づくり、美しい川づくり、川と一体となったまちづくり、地域への誇りと節度ある暮らし方などを基本理念として、地域や流域の文化、伝統を継承していけるような施策を河川整備計画の中に盛り込むことが重要である。

<地域の特性に合わせた基準の検討>
 これまでは流域一律で考えられてきた環境、治水、利水、利用に関する基準をその内容に応じて見直し、地域の特性や住民の意見を反映した独自の基準づくりを進める。そのためには、地域における意思決定の仕組みも同時につくっておく必要がある。

<文化・風土・歴史的な価値や特性への影響の配慮>
 事業の影響を検討する際には、自然環境面だけでなく、文化・風土・歴史的な価値、特性への影響も踏まえて検討する。

(2)計画策定のプロセス
 河川整備計画案には、情報公開と説明責任に基づいて、それに至った判断形成過程(プロセス)を明らかにする必要がある。そのため、河川整備計画原案には、最終案だけでなく、設定した複数の代替案についての評価結果など、計画策定の判断過程に関する情報を検討過程も含めて公表する。

 

1)整備計画案の行政評価
 計画のなかの施策とくに施設計画については、事業をしないことを含めた代替案を考え、それぞれについて費用対効果(便益)分析の評価がなされるべきである。これは環境アセスメントとともになされ、費用(コスト)の中には、環境資源や生態系資源の価値も含めるべきである。

2)水循環系の環境への影響評価
 人間の諸活動は水循環系に影響を与え、洪水流量の増大、平常時流量の減少、水質の悪化、生態系の変化など、さまざまな弊害を及ぼすことがある。これらの影響をできるだけ定量的に評価し、その結果を広く発信するとともに、各主体の責任ある活動を促す。

3)計画環境アセスメント
 計画のなかの施策ごとに、計画アセスメントがなされるべきである。

4)流域住民の参加

 上記の1)2)3)の過程に、住民が主体的に参加することが重要である。

(3)計画の執行管理システム
 整備計画の代替案には、計画の実効性確保のためのシステムと、計画実施後のモニタリング、見直し・修正を可能とするシステムが盛り込まれるべきである。とくに新しい理念に基づく整備計画は、既成の自治体の整備計画や工事実施計画と整合しないことも考えられる。これらを整合させるため、河川が地域住民の共有財産であるという認識のもとに、整備計画の執行管理をすすめる第三者的機関としての協議会の設置を盛り込み、住民の責任ある主体的な参加等がとくに重要である。
 良好な河川環境の形成には河川管理者だけの取組みだけでは限界があり、住民と地域に密着した総合行政を担う地方自治体および関連するその他の行政機関が、緊密な連携・協議を図って取組むべきである。

<順応的管理の導入>
 柔軟な水系づくりを行うためには、事業の規模や内容による評価の時間軸を定め、それにしたがってモニタリング等の実施により、計画推進の度合いや効果、環境への影響等をチェックし、評価結果によっては、事業を見直しまたは中止も行うことができる仕組みが必要である。
 河川整備計画には、このような順応的な管理の実施や進め方についても言及する必要がある。

 

4−2 河川環境計画のあり方

 

(1) 基本的な考え方
 琵琶湖・淀川水系の河川や湖沼環境の悪化はいずれも人間の行為がもたらしたものであるが、その原因を分類すると、人の生活様式・生産活動・土地利用のあり方に起因するもの、治水・利水事業により自然環境が改変された結果として生じたもの、治水・利水施設の運用に関連して生じたもの、これらの要因が複合して生じたものに分けられる。したがって、河川・湖沼の環境を改善するには、これらの原因を極力除去することが必要となる。
 「環境改善の目標をどこに置くのか」、「どのような方法で設定した目標を実現するのか」はきわめて重要で解決困難な課題である。かつての琵琶湖・淀川水系には豊かな人々の暮らしが営まれ、悠久の歴史と独特の文化が育まれていた。例えば、1960年代前半頃までは、美しい浜、内湖、ヨシ原、実り豊かで広大な田畑が広がり、計り知れない生態機能を発揮する移行帯があった。また、水害や渇水との厳しい闘いは繰り返されたが、ダイナミックに変化する自然の中で、琵琶湖・淀川水系に特有の多様な生物が生息していた。水辺は変化に富み、人々は豊かな漁獲に潤い、水辺での遊びや水泳を楽しむことができた。これは当時の流域が豊かな生態機能をもっていたことの証である。
 この流域に暮らす人々の生活様式が大きく変貌を遂げた今日、実現可能な河川環境の目標として当時の状態を想定するのはかなり困難ではあるものの、今後の河川整備にあたっては、それを目標として強く意識することが重要である。

(2) 河川環境計画策定上の留意事項
 

1)川や湖の自然のダイナミズムを許容する河川整備
 河川では自然の摂理にしたがい、水位、水量、流速、土砂供給などの変動により浸食や堆積を繰り返し、瀬や淵を形成して多様な自然環境を創出し、そこに豊かな生態系が形成される。水位・水量の過度の人為的制御、流砂の不連続が河川環境を悪化させた原因の一つとして考えられる。
 したがって、今後はダム・堰の水位操作は、できるだけ自然のリズムに従って弾力的に行うこととし、過度に制御するべきではない。河道領域では河床掘削、砂利採取、土砂供給の減少、洪水によるフラッシュの減少等によって、高水敷の陸地化や砂州への植生の一方的な侵入と流路の固定化が起こり、場の多様性と変動性が失われている。それにより河川固有の生物の生息・生育条件が失われ、外来種の侵入が促進されている傾向にある。
 本来の河川環境を回復するためには、河川の縦断・横断方向の連続性や、ダム・堰によって遮断された土砂の供給を回復し、併せて高水敷の段階的切り下げや移行帯の保全・修復など本来の河川の姿を取り戻すことが重要である。

 琵琶湖では移行帯の機能保全と回復を重視した取組みが必要である。すなわち、現存する湿地や内湖の保全と環境改善が急務であり、琵琶湖の水質浄化と生態系の回復のためこれまでに失われた湿地や内湖の復元が必要である。その際、とくに水位変動・水流の連続性によって機能保全ができるように工夫することが必要である。
 流入河川と湖岸保全・形成については、流砂量と粒度分布、水位、水流の連続性に留意する必要がある。また、水田から河川、水田から湖岸など、健全な水循環の保障が必要である。

 ダム・堰では、必然的に河川の連続性が遮断されるため、魚類などの遡上・降下に有効な魚道の設置、不要な堰の撤去や統廃合、運用ルールの見直しなどにより河川の連続性を修復するとともに、上下流域でそれぞれ河川本来の多様な機能が修復されるような整備・管理が必要である。
 ダム下流域では、流砂の遮断による河床低下、魚介類生息に不適切な水温変化の影響、上流域では、堆砂による治水・利水上の弊害に加えて、水質の悪化など環境上の弊害が多い。

 淀川大堰下流の河口域では干潟が消失し、汽水域の生物の生息環境が著しく悪化している。適正な土砂供給管理を行い、鋭意干潟の再生を図るべきである。

2)多自然型川づくりからの脱却
 河川を流域の視野で捉えると、1990年頃から始まった「多自然型河川づくり」は、きわめて局所的な修復の事業であり、河川の自然回復への貢献度が低かったうえに、不自然な川づくりと評価せざるを得ないものすら各所に見受けられる。
 今後の河川の自然回復は、従来の多自然型川づくりの考え方を越えて、点・線(河道)から面(流域)へと「川のシステム」全体を回復するようにしなければならない。すなわち、攪乱、連続性、河床形態の多様性など、川の動的特性の復元により生態系の回復を図ることをめざす。
 「川が川を創る」のを手伝うとの認識で、自然を再生するきっかけをつくるために人が少しだけ手伝い、しばらく回復の様子をモニタリングして、必要に応じてまた少し手伝うという順応的対応(例えば見試し5年)に脱皮すべきである。

3)「河川環境自然再生化計画」
 水系の河川・湖沼ごとに、本来の生態系の保全と回復をめざすための目標を定めるため、「河川環境自然再生化計画」をつくる。その基礎資料として1960年代前半頃の河川の状態を検証し、各河川の個性を把握して、河川環境保全と回復の目標(河川像)を定める。具体的な目標として次の設定が考えられる。
生物あるいは生物群集の回復を図る。
物の生息空間の回復を図る。
生息空間の機能回復:水位・流量・水温の変化・流砂・土砂供給などの回復を図る。
自然のよく残っている近隣河川の状況を参考にする。
上流または下流の自然のよく残っている個所を参考にする。
 目標の設定にあたっては、学識経験者、住民団体・地域組織を含む住民の参加などによるパートナーシップで行い、一定期間ごとに見直すことが望ましい。

(3)水位・水流と生物の生息環境
  1)水位管理のあり方
 ダム・堰等の水位管理は、治水対策および利水対策に重要な役割を果たしてきた。しかし、これまでの治水・利水中心の水位管理が自然のリズムと異なり、河川の自然環境を悪化させた面もあることから、「川や湖の環境保全と回復を重視」した水位管理へ向けて、治水および利水の新しい理念を考慮しつつ、水位操作規則の見直しを行っていかなければならない。
 琵琶湖や淀川水系のダムなどの現行水位操作規則は、それぞれの立地条件・目的および周辺環境が多様であるにもかかわらず、制限水位の変更時期が画一的に定められている。水位操作規則は、それぞれの条件・目的や生息生物の成長・繁殖時期および周辺環境に応じた適切なものに改善すべきであり、内容もその時々の気候などの状況に応じて弾力的に運用できるように定めておくことが必要である。
 また、水位操作規則は、近年の気候・環境などの条件の変化が著しいことを考えると、定期的(例えば5年ごと)に見直していくことが必要である。

2)琵琶湖の水位管理

 きわめて長い歴史のなかで固有の生態系を育んできた琵琶湖については、生態系保全に最大限の配慮をした水位管理を早急に再構築する必要がある。また、琵琶湖の水位管理と瀬田川洗堰からの放流が、琵琶湖の周辺のみならず下流河川の環境・治水・利水に大きな影響を与えていることについても十分な配慮が必要である。
 琵琶湖に関しては、以下の点について調査の実施・検討および試験的運用等を早急に実施し、水位操作規則の見直しを行う。
現行の水位操作では、常時満水位(BSL+0.3m)から洪水期制限水位(BSL‐0.2m)への移行(6月15日)が、とくにその後渇水が生じた場合において、生態系および利水に大きな影響を及ぼしていると考えられる。水位およびその移行時期についての検討・見直しが必要である。
瀬田川洗堰の水位操作による放流によって、下流の水位変化が生態系へ大きな影響を与えている。下流水位の変化速度等を考慮した瀬田川洗堰の望ましい水位操作・放流のあり方について検討する。
洪水制限水位への移行期に瀬田川洗堰からの放流量を増加させることにより、琵琶湖の水位を急低下させていることが生態系に大きな影響を与えている。この水位低下速度(瀬田川洗堰の放流量)を緩やかにすることについて検討する。
冬場の高水位によるヨシ刈への影響、浜欠けについても考慮する必要がある。

3)ダム・堰の水位管理
 ダム・堰の水位操作は当該のダム・堰周辺のみならず下流の河川環境にも大きな影響を与えている。環境のみならず治水・利水への影響も含め、以下の点について調査・検討および試験的運用等を早急に実施し、水位操作規則の見直しを行う。
ダムによる水質・水温環境の変化や生態系への影響について調査・検討を行う。
現行のダムの水位管理に伴う撹乱機能の低下を補うため、環境流量の確保あるいはフラッシュ放流の実施など、ダム放流のあり方や下流の水位変化および生態系へ与える影響について検討する。
増水時の放流および放流停止による河川水位あるいは濁度の急激な変化などが魚類の生息や産卵等生態系に大きな影響を与えている。生態系に配慮した放流および河川水位の上昇・低下速度のあり方について検討する。
大規模の洪水時のほか、中小規模の洪水時における放流およびその手法について検討する。
ダムからの土砂の輸送等による下流への影響について検討する。

4)淀川大堰の水位管理
 淀川水系と海との接点でもある淀川大堰の操作については、淀川大堰上流域における水位変動に伴う水質改善および生態系保全、淀川大堰下流の汽水域における干潟の保全・形成、水質改善・底質改善および生態系保全の手法について検討する。また、神崎川や大川についても同様の検討を行う。

5)水位管理の検討、知見の蓄積と今後の管理のあり方
琵琶湖および各ダムの水位管理の検討・見直しに際しては、豊水・平水および渇水などの条件において、制限水位およびその移行時期を変更した場合のシミュレーションなどを行い、河川環境および治水・利水に与える影響を十分把握する。
環境保全に資する水位操作規則を確立するためには、環境や生態系についてモニタリングを行い、その結果に応じてより適切なものとなるように定期的(例えば5年ごと)に見直すことが必要である。
ダムによる水質・水温環境の変化や生態系への影響など、必ずしも十分な知見がない事項について早急に調査を実施し、その成果を水位管理に反映する。必要に応じて、各ダムや堰において試験運用を行う。
水位操作規則には、各ダムの目的や特性に配慮し、かつ流域全体の水管理や土砂管理をおこなうといった考え方を盛り込む必要がある。

(4)流域の一体的な水環境を実現する水質管理
  1)水質の目標
 淀川水系の湖、河川、ダムの利用の仕方や人との関わり方はそれぞれ異なっている。河川環境の保全・回復・創生を目指した水質の目標は、関連する琵琶湖流域、宇治川・淀川、木津川、猪名川およびそれぞれの支川ごとに詳細な検討をする必要があり、地域特性に応じた管理のあり方を検討せねばならない。いずれにおいても水質目標は、例えば"肌に触れ、戯れうる水"とし、その観点から水質のあり方を検討することが必要である。
 そのためには、まず、人の命と財産を守るために設定された水質基準値を守ることのみが目的化した、いわば「公害の時代」に確立された水質管理のあり方から、人間の生活に水辺を取り戻し、水辺文化を街づくり活動の要素として取入れ、将来に向けて快適で安心感が得られるような「環境の時代」にふさわしい水質、さらには水生生物を守るための水質をも視野に入れた豊かな生態系を維持する水環境を創造できる新たな水質管理の仕組みをつくりあげる必要がある。

2)汚濁の質
 利水面からは水系での有効な利水と効率的な水の循環利用が求められる。しかし、淀川流域全体としては、点源汚濁負荷の軽減対策が進むにつれ、晴天時に路面などに蓄積して降雨時に一気に洗い流される都市系面源負荷が増加しており、琵琶湖集水域では、降雨時や代掻き田植え期の濁水とともに流出する土壌・農薬・肥料などの農業系面源負荷の比率が増加するなど、河川に流出する汚濁の質は時代とともに変遷している。
 とくに微量化学物質や微生物などが引き起こす人の健康や生態系に対するリスクの増大に関心が高まっており、水質の維持管理を一層高度化する必要がある。
 安全確保のため、下流での繰り返し利用による水質消費に対応できる監視体制と、将来の流域内での人口移動にも注目した水量・水質消費の変化予測と、それに柔軟に対応し得る、総負荷管理を前提とした水質管理体制を作る必要がある。このためには、例えば合流式下水道から分流式下水道への転換、雨天時の道路排水対策、河川の水質や植生の調査や評価など、水質管理の多くの場面において積極的に住民参加を図り、行政、住民、企業が一体となって取組む体制を確立する必要がある。

3)統合的な流域水質管理システム

 流域の都市化や水利用システムの高次化が進むことにより、水の繰り返し利用が一層進むことが予想される。そのため、河川での対応だけでなく、流域全体として水循環と河川環境の状態を把握できる統合的な流域水質管理システムを構築する必要性が一層高まっている。
 河川におけるBOD(生物化学的酸素要求量)や湖沼など閉鎖性水域におけるCOD(化学的酸素消費量)を中心とした従来の水質環境基準以外に、水系における有機性汚濁物質、窒素、リン、酸素などの動態モデルの確立、河川や湖沼での自浄作用と自濁作用の定量化、生態学的浄化プロセスの再評価、内分泌撹乱物質として作用するダイオキシンを含む様々な有毒・有害な化学物質の動態の把握が必要である。とくに汚濁負荷の総量管理、微量化学物質の広域汚染対策に向けては、水辺環境を常時・連続的に監視・管理し、総合的な把握を可能とするシステムを流域全体で確立する必要がある。
 さらに琵琶湖の場合、今後、その制御が依然として困難な農業、森林、都市域を起源とする面源汚濁負荷の割合が増加することは明らかで、しかもそれは気象に大きく左右されつつ複合的に湖の水質形成や生態系機能に影響を及ぼす。
 そのため、その全体像を物理、化学、生物現象の相互作用として継続的に、効率的かつ効果的に、把握する必要があり、それを可能とする新たな計測技術システムの開発が非常に重要である。また、生み出された情報が社会的に広く共有され、これまでより格段に優れた幅広い地域の取組みや負荷削減の政策形成につながるように情報を広く共有するシステムの構築も大きな課題である。
 このようなシステムは、異常出水から異常渇水までの対応を視野に入れた新しい流量管理のシステムの構築と合わせて考えていかなければならない。また、それは地元住民が主体的に取組む水質の把握や環境の管理・監視活動を恒常的に支援するものでなければならない。さらに、不注意による事故あるいは故意によって遺漏した有害化学物質、過去に投棄された廃棄物あるいは散布された農薬などが、そのままあるいは化学的に変化して、河川水、湖水、地下水を汚染するケースは今後も引き続き起こることが予想される。これらの防止・対処には、合理的な監視や対策技術の導入、情報収集体制の構築、さらには社会的な仕組みの構築が必要である。

4)回復のプロセス
 環境の時代に即した良好な水質の目標は、生態系機能の回復といった長期にわたる取組みを包含するため、達成すべき状態を明示的に示すことは難しく、むしろ流域の関係者が一体的に回復のプロセスを共有することが重要となる。そのプロセスとしてとくに河川での水質の管理システムを強化することが重要であり、その際に住民団体・地域組織などを含む住民の参加を推進することが必要不可欠である。
 将来的には、水位、水量面で時間変動を含む河川本来の姿を取り戻す努力のなかで、流域水質を良好に保持していく必要があり、そのためには遊水池、貯水池、あるいは内湖、都市河川の機能を再評価し、復元し、水循環システムを再構築するなど、流域内の自浄機能を向上させる取り組みと、その機能を保持する恒常的管理体制が求められる。流域内の生体量、無機・有機的環境要素群の現存量とそれらの変化速度に関する総合調査事業はその一環をなす重要な取組みとなる。

 

4−3 治水計画のあり方

   これまでの治水計画は、主として対象規模以下の洪水に対する水害の発生防止を目的としていたが、これからは「超過洪水・自然環境を考慮した治水」および「地域特性に応じた治水安全度の確保」に転換する必要がある。

(1) 超過洪水を考慮した治水計画
 計画規模を上回る洪水(超過洪水)を含めて、どのような大洪水に対しても、それによる壊滅的な被害を回避するには、できるだけ破堤しないようにしようとする河川対応と、破堤した場合の被害をできるだけ軽微なものにしようとする流域対応を併せて実施する必要がある。
  1)河川対応
 河川対応は、対象規模以上の洪水に対しても治水機能が失われないように、堤防を補強して破堤され難くしようとするものである。
 河川堤防は、「土堤原則」といわれるように、土でつくられることが原則であるが、現実には多くは河道に堆積した砂礫を積み上げただけのものが多く、むしろ「砂堤実態」といわざるを得ない。このため、超過洪水ばかりでなく対象規模以下の洪水によっても、越水・洗掘・浸透などで破壊されることがしばしばである。
 破堤され難い堤防としてすでに施工実績をもつものとして高規格堤防(スーパー堤防)がある。スーパー堤防は、堤防の法面勾配をきわめて緩やかなものにすることにより、越水や洗掘で一部が破壊されても堤防としての機能を失わないという面では非常に優れているが、街づくりと併せてつくられるなどのため連続堤としての完成には長い年月を要し、スーパー堤防のみに期待することはできない。
 一方、堤防自体を補強する方法として堤体全体をコンクリート等で被覆する方法がすでに実用化されているが、耐震性、河川環境、景観等の点で問題がある。したがって、この方法を採用する場合には、それまでの河川環境あるいは景観が復元されるように、コンクリート被覆をさらに土で覆うなどの必要があるが、地震に弱いという欠陥は改善されない。
 このため、浸透破壊防止用として粘土コアを併用したり、堤防強化用として鉄分の混じった鋼土を用いたかつての堤防築造の発想を拡張して、堤防中央部に自立式のコンクリート壁あるいは鋼矢板や鋼管を設置した「混成堤防(ハイブリッド堤防)」など、新たな素材・工法についての検討が必要である。新たな素材・工法の導入に際しては、強度・耐久性・耐震性などの構造物としての機能のほか、地下水・生態系・景観等に与える影響についても慎重に検討する必要がある。
 河川対応では、どのようにして整備区域の順序付けを行うかという計画決定手法が重要である。水害の危険度、予想被害規模、河川環境への影響などを考慮するとともに、後述の住民参加のプロセスにしたがって、住民の理解を得られる計画とするべきである。

2)流域対応
 河川整備が進むにしたがって想定洪水氾濫区域に人口・資産が集中し、水害に対する被害ポテンシャルが急増することが多い。したがって、例え河川堤防が破堤しても、壊滅的な被害が発生しにくいような「したたかな」まちづくりにより、被害ポテンシャルを軽減させることも、ハザードマップの周知徹底や避難システムといった地域社会におけるソフト対策の充実とともに、重要かつ緊急な課題である。
 これまでの河川整備では、万一の場合、どこで破堤するかはまったく不定であるとされている。しかし、これからは科学的予測技術を適用して各河川区間における破堤の危険度を明示するとともに、治水安全度の低い地域での土地開発を極力抑制する必要がある。被害をできるだけ少なくするには、浸水しても被害が少ない地域に洪水氾濫を誘導する霞堤や越流堤を検討することも重要である。また、道路や鉄道等の路盤に、輪中堤のような機能をもたせ、氾濫区域を縮小させる、あるいは氾濫速度を遅らせるなどの新たな工法の検討も重要である。

(2)自然環境を考慮した治水計画
 これまでの河川整備では、洪水をできるだけ早く海に流出させるため、河道を直線的にし、護岸としてコンクリート製のものや急傾斜のものを多用したため、瀬や淵が失われるなど、生物の生息環境の悪化につながった。また、堤防を連続的なものとするために、多くの遊水池あるいは遊水機能をもっていた低地を河川から切り離したため、そこでの豊かな生態系が失われた。さらに、流量制御を目的としたダムや堰は、生物や土砂の連続性を遮断したばかりでなく、水質・水温にも影響を与え、河川本来の特性である流水の撹乱機能を低下・喪失させている。
 したがって、これからの河川整備では、これまで優先されてきた治水機能を拡充することが目的であっても、自然環境への影響をできるだけ軽減する工法を採用しなければならない。
 例えば、自然再生のため、低水路を河道内で蛇行させるなどにより瀬や淵の復元を図るとともに、護岸については自然材料を活用した緩傾斜のものとするなどの工夫が必要である。魚道についても新設・改良を行って魚介類の移動を図るとともに、ダムの排砂や河道での土砂の流動化を図る必要がある。ダムや堰からの取・放水については、施設の改良ばかりでなく、操作方法についての検討も必要である。ただし、流水の撹乱機能の補償については、放流操作のみに頼れば施設本来の治水・利水機能を低下させる恐れがあり、中・小洪水でも高水敷が冠水するような河道の横断形状にすることが重要である。


(3)地域特性に応じた治水安全度の確保

 治水安全度は地域によってかなりの差がある。例えば、低平地域、無・低堤地域、水衝地域、狭窄部の上・下流地域、天井川地域、土砂災害危険地域、高潮・津波危険地域などのように、現に水害が頻発している地域や危険性のある地域も少なくない。
 これらの地域については、水害の発生頻度(発生危険性)、土地の利用状況、社会的重要度などの地域特性に応じた治水安全度を早急に確保することが重要である。治水安全度を確保する河川整備方式にはそれぞれの地域に適した方式の採用が必要であるが、この場合でも、超過洪水による壊滅的な被害を回避するものとしなければならない。
 なお、狭窄部は、治水面で障害となる場合が多いが、歴史・景観等の面から国民的財産としての価値が高い場合もあるため、開削することはできるだけ避け、他の代替案を優先的に採用することが望ましい。

 

4−4 利水計画のあり方

   これまでの利水計画では、将来の伸びを想定して積み上げられた需要量を満たすための水資源開発を基本としてきた。しかし、河川水は有限であり、河川の自然環境や生態系を重視するなどの理由により、新たな利水の理念を従来の「水需要予測の拡大に応じて水資源開発を行う水供給管理」から「水需給が一定の枠内でバランスされるように水需要を管理・抑制する水需要管理」へと転換することを提案した。
 水需要管理は、精度の高い水需要予測と節水・再利用・雨水利用・用途変更などにより、水需要を抑制して環境流量を確保しようとするもので、適切な水需要管理を実行するには水需要管理協議会を設置して、順応的な水需要管理を行う必要がある。

(1)精度の高い水需要予測
 これまでの水需要予測は、利水者・自治体等による用途別・地域別水需要の現在および将来の予測を積み上げたものであるが、利用実績に比べて過大であるうえに、予測手法や予測に用いた原単位や諸係数が公表されていないという不満があった。
 したがって、これからの水需要予測では、より精度の高い予測を行うための手法をまず開発するとともに、水需要予測に関わる情報を公表しなければならない。さらに、一定期間ごとに予測の見直しを行う必要がある。

(2)節水・再利用・雨水等の利用
 これまでの節水は主として渇水時の緊急対策として検討されてきたが、これからは平常時の対策として積極的に推進するものとする。住民もまた、水を大量に消費するこれまでの生活様式を節水型のものへと転換する必要がある。
 水を循環・反復利用することで河川水の純消費量が節減できるので、これからは生活用水、工業用水、農業用水のいずれについても、再利用を積極的に推進する必要がある。
 また、家庭や地域での雨水利用を推進するとともに、井戸水等の多様な水源の確保を積極的に進めることも重要である。

(3)用途変更
 河川から取水する権利には、許可水利権と慣行水利権とがある。許可水利権については、河川管理者が一定期間ごとに見直してきたが、農業用水を中心とする慣行水利権については、一部を除いて見直されることはほとんどなかった。しかし、これからはすべての水利権について実態ならびに将来を見据えた聖域なき見直しを行い、積極的に用途変更を行う必要がある。
 なお、農業用水については、農業目的に使われるばかりでなく、消防水利など地域の生活用水として多面的に使われ、さらに地域の水環境や生態系を維持する重要な要素となっていることを配慮して、農業用水としての利用が減少した場合でも、単純に用途変更をするのではなく、農業用用排水路などの水利施設とともに自然豊かな地域資源として再生することが必要である。

(4)環境流量
 河川は自然環境、生態系および生活環境を構成する重要な要素であり、両者を合わせた河川環境を保全・再生するために必要な流量が「環境流量」である。
 自然生態系の保全には、河川流量は人為的操作が加わらない自然状態であることが望ましく、河川からの取水に際してはできるだけ多くの流量を環境流量として優先させる必要がある。環境流量は、定量的な維持流量と異なり、生態系の維持に必要な撹乱機能を含み、大小流量とも限界が設定されない概念的なものである。
 なお、撹乱機能を補償するためにダム・堰等の放流操作のみで対応すると、これらの利水機能を低下させる恐れがあるため、高水敷の切り下げなどの河道形状による対応を検討する必要がある。

(5)水需要管理協議会
 水需要に関しては、河川管理者および利水関係者の間に、共通の問題意識を形成する場としての流域水利用協議会、渇水時の斡旋または調停を行う渇水調整協議会等が必要に応じて設置されると定められており、現在でも、河川管理者はある程度の調整機能をもつが、より強い指導・調整力をもつ「水需要管理協議会」の設置が必要である。
 水需要管理協議会は、関係省庁、自治体、水道事業者、農業水利団体等の利水に関わるすべての関係者と、学識経験者、住民団体、地域組織などが参加して、水需要管理についての協議・調整を行うもので、河川管理者が主催・運営し、公開のものとする。
 なお、水需要管理に関わる危機管理の対象として、各種の利水施設における水質汚濁、水質事故、異常渇水などがあるが、これらに対して適切に対応するには、水需要管理協議会が中心となって、平常時から対策を確立しておかねばならない。

(6)順応的な水需要管理
 長期の気候変動や社会・経済情勢の変化あるいは地域条件などにより、新たな水資源の開発が避けられないことも予想される。このような不確定要素に対応するには、順応的な水需要管理を行うことが重要である。

 

4−5 河川利用計画のあり方

  (1) 基本的な考え方
 河川利用にあたっては、「河川生態系と共生する利用」という理念を実現するため、推進すべき利用と抑制すべき利用を峻別する。さらに、「川でなければできない利用」、「川に活かされた利用」を重視するという観点から、堤内地などで代替できる機能は長期的には堤内に移行することを目標とし、また、河川環境・生態系に負の影響を与える利用は制限する。このため、適切な利用に向けた規制等の仕組みづくりを行う。


 今後の利用については、「川でなければできない利用」、例えば、漁業や遊漁、水・水辺の植物とのふれあい、河原などを利用した遊び、水を利用した遊び、水泳、カヌーなどは、川本来の機能を損なわないかぎりにおいて、促進を図るべきである。
 また、舟運や漁業などの河川を利用する産業については、湖や川にまつわる文化・伝統として河川整備への位置づけを行い、復元・継続などについて検討すべきである。

 適切な利用に向けた規制等の仕組みづくりについては、まず、河川等の利用者および河川管理者が、河川・湖岸・水辺の現状やその保全についての情報を共有することが必要である。さらに、その共有した情報をもとに、利用者・利用者同士・管理者が、お互いに意思の疎通を図ったうえで、相互に調整を行い、独占的・排他的利用の制限など、適切な河川利用についての仕組みづくりを行う必要がある。

 河川利用にあたっては、地域的特性の配慮が必要である。
琵琶湖は、流域全体に水を供給している重要な水資源であり、その長い歴史の中で固有の生態系を育んできた貴重な古代湖であることを忘れてはいけない。そのため、利用にあたっては、とくに環境への十分な配慮が必要である。
 また、例えば猪名川の下流部のように、すでに人間による改変が相当程度行われている「里川」的な河川については一定の管理が必要である。河川環境は自然の回復力によって復元していくことが望ましいが、場所によっては人間が少しだけ手を添えて、自然の営力の回復を手助けするような措置を講じることも考える。

(2) 水域利用
 水域の利用にあたっては、泳げる川・遊べる川の復活を目指して水質の改善や水辺の回復などを行う。また、水面の無秩序な使用は厳に戒め、秩序ある使用へと誘導する。
 水上バイク・プレジャーボート、釣りなどによる利用については、「水を汚染しない」、「川や湖の生態系を壊さない」、「他人に迷惑をかけない(騒音・ごみ・事故の危険性、違法駐車等)」ことを基本原則として、利用が適正に行われるよう規制を行う。

(3) 水陸移行帯利用
 琵琶湖の水辺や河川の高水敷と低水流路にはさまれた空間は、境界を明確に区分し難い場合があるものの、多くの動物が生息し、植物相も豊かで、自然生態系保全にとって重要な河川空間である。無秩序な利用や河川改修などにより荒廃しているこの空間に、新たに水陸移行帯という区分を設け、利用を厳しく制限し、保全と再生を行う。
 また、河川空間のうち、水辺移行帯として再生に適した場所においては、高水敷の切り下げあるいは緩傾斜化などを実施して、水陸移行帯を積極的に創出する。

(4) 高水敷利用 (注1)
 高水敷に設置されているゴルフ場やグラウンド等の施設は、本来、堤内地に設置されるべきものであり、長期的には堤内地に戻していくことを目標とする。関係自治体は、市民のニーズに対しては、堤内地にグラウンド等の用地を確保するよう努力すべきである。そのため、原則として新規の整備は認めるべきではない。
しかしながら、既存の利用施設が数多くの人々に利用され、また存続を望む意見が本委員会に多数寄せられるなど要求度が高いという現実があり、利用者のニーズの大きさと利用に伴う河川環境への影響をどのように評価するかが大きな課題である。
 したがって、当面、利用施設は設置範囲を限定し、良識ある使用によって出来るかぎり河川環境に影響を与えないような配慮を行うことが必要である。
 また、特定の個人や団体等が、柵・塀などを設置して他に使用させないといった独占的・排他的利用は厳に禁止すべきである。

(5) 堤外民地の解消・不法占拠の排除等
 堤外民地は、買収あるいは堤内地へ換地などの処置をすすめ解消する。堤外公有地の不法居住・不法占有・不法耕作も早急に解消する。

(6) 産業的な利用
  1)舟運
 舟運については、文化・歴史面、観光振興、災害時の輸送手段の確保といった種々の観点と、河川固有の生態系・自然環境保全を考慮して、沿川住民・自治体等の要望等を踏まえて検討を行う。

2)漁業
 持続的に漁業や遊漁を営むことができるということは、生態系および水温・水質・湖棚・河床、河川の連続性など、河川環境が健全な状態にあってはじめて可能になるということを認識することが重要である。
 漁業や遊漁のために「魚が減れば稚魚等を放流すればいい」といった手段に頼らなくてもすむように、漁業が継続的に成り立つような河川環境の保全・復元に努めなければならない。
 漁業や遊漁は固有の生態系に十分配慮して行うべきであり、当該河川に固有の在来の魚介類が、生れ、育ち、豊富に生息する河川環境をつくり、次の世代に残していくことが望まれる。
 外来魚対策として、外来魚が生息しにくい河川づくりを進めるとともに、例え同種の魚介類であっても当該河川・湖沼の水系外から移入して遺伝子レベルの混乱を招かないように、放流については厳しい規制が必要である。

3)砂利採取
 砂利採取については、慎重な取扱いが必要であり、砂利採取は次の場合に限定して認めるようにすべきである。すなわち、河川環境が改善されるあるいは悪化が起こらないと予想される場合、工事等によって必要と認められる場合、河川への流入量と採取量のバランスが維持される場合、および他に手段がなくやむをえないと判断される場合などである。

(7) 河川利用にかかわる諸権利について
 河川の利用にかかわる諸権利として、水利権、漁業権、占用権など多くの利用権が設定されている。これらの諸権利がこれまでの河川にかかわる諸産業の発展に寄与してきたことは否定できないが、一方で、時代の流れとともに河川を取り巻く環境が変化し、硬直化しつつあることも否定できない。これらの諸権利はこれまでも一応見直されてはいるが、その見直しは形式的な場合が多く、社会の変化に柔軟に対応したものとなっていない。
 したがって、これらの諸権利については、一定期間ごとに見直しを実施し、時代の変化に対応していかなければならない。

 

4−6 ダムのあり方(注2)

 

 淀川水系では、治水・利水・発電などを目的として多くのダムが建設され、これらが生活の安全・安心の確保や産業・経済の発展に貢献してきているが、一方で地域社会の崩壊などをもたらすこともあった。また、河川の水質や水温に影響を及ぼすほか、魚介類や土砂等の移動の連続性を遮断する、取水口・放流口間の河道流量を減少させる、安定的な放流操作により流水の撹乱機能を喪失するなどにより、河川の生態系と生物多様性に重大な悪影響を及ぼしている。

 したがって、計画・工事中のものを含め、ダムの建設については次の取扱いとする。

 ダムは、自然環境に及ぼす影響が大きいことなどのため、原則として建設しないものとし、考えうるすべての実行可能な代替案の検討のもとで、ダム以外に実行可能で有効な方法がないということが客観的に認められ、かつ住民団体・地域組織などを含む住民の社会的合意が得られた場合にかぎり建設するものとする。地球温暖化による気候変動や社会情勢の変化などの不確定要素に対しては順応的に対応する。
 堰についても同様の取扱いとする。

 ダムの建設を計画する者は計画案策定の早い段階から少なくとも次の事項について徹底した情報公開と説明責任を果たさなければならない
ダムの必要性と建設予定地点の選定理由
各種代替案の有効性の比較
自然環境への影響・改善策
自然環境の価値を考慮した経済性
住民団体・地域組織などを含む住民の判断に必要な事項
 既設のダム・堰が機能を低下・喪失した場合あるいは自然環境に重大な影響を与えた場合、ダム管理者は撤去から存続にいたる幅広い検討を行い、存続させるにはダム機能の回復あるいは自然環境への影響の軽減を図るものとする。

 

4−7 関係団体、自治体、他省庁との連携

   新たな河川整備計画の策定過程、策定後、およびその事業を進めるにあたり、河川管理者は、水利権者、府県、市町村のほか、環境省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省等の関係省庁と進んで協議し、これら関係機関がもつ長期、中期計画を河川整備計画に適合するように調整することが必要である。とくに、多くの関係機関との連携が必要となる問題については、関係行政機関等に働きかけたうえで、推進における連携の具体案を計画のなかに提示すべきである。また、河川整備計画策定後も、住民との協働による河川整備・管理の原則のもとで、関係省庁、自治体と積極的な連携を図らなければならない。連携にあたっては、以下の点に十分考慮しなければならない。
いわゆる縦割り行政を克服し、農業、漁業、林業、都市計画および他の土地利用計画、環境保全と相互に連携した総合的な取り組みが行えるようにすること。とくに、新規の水需要をもたらし、あるいは水源涵養力に影響を及ぼす計画については協議制を設けること。
計画策定段階から関係他省庁や府県、市町村等関係機関と連携し、計画の推進段階で円滑な連携をとれるようにすること。また、関係者、自治体、他省庁と調整を図るなかで明らかになった問題点や課題等については、広く一般に公開して住民の判断材料として提供しなければならない。
河川の環境整備・保全を含む事業については、関係機関においても同種の事業を実施・計画している可能性が考えられる。そのため、整備計画を策定するにあたっては、事業実施段階における関係機関との連携を想定した合理的かつ公正な計画とすること。

 一方、新たな河川整備計画には、全く新規の事業の遂行や制度の構築も含まれるが、従前に計画されていた事業や制度が見なおしによって中断したり変更されたりしたものも数多く含まれるに違いない。この場合、新たな社会的仕組みの構築によって、これまで前提として進められてきた事業や制度の対象となっていた特定の地域や個人・団体が、社会的に公正と判断される以上の不利益を受けることが考えられる。新たな河川整備計画のもとで進められる河川生態系とその環境保全等がもたらす恩恵には、流域社会の構成員に広く享受されるものもあるため、上記の不利益に対しても、流域社会の構成員や関係機関の全てが関与し、その軽減や代替的な方策の実現に向けて支援と協力をしなければならない。河川管理者は、後述の4−8と4−9に示した住民参加や住民との関係構築の基本的な考え方に立ち、方策の実施について中心的、かつ積極的役割を果たさなければならない。

 

4−8 住民参加のあり方

   住民と行政の協働型の河川管理へ転換するためには、行政は従来の職能的な専門家の意識から住民の生活感覚に密着した立場の意見を積極的に採り入れることのできる新たな専門家としての意識へと転換する必要がある。一方、住民は行政に対する「お上」意識や行政への白紙委任的態度を払拭するとともに、利益享受には責任分担が伴うことを意識するべきである。このような意識変革のためには、住民と行政との間の信頼関係の構築、行政側からの情報公開、住民参画の機会創出と生活に密着した情報づくり、緊急時等の参画意識と主体性の醸成が必要である。
 また、河川管理者は住民の知恵を活かした、公正で社会全体の便益の大きい合意形成を実現するための仕組みを検討しなければならない。地域相互間、例えば上下流住民間の意見が主体的に調整・合意される必要がある。利害が対立した場合の調整のし方や社会的な利害調整が恒常的に行われる仕組みを構築することも必要である。住民と河川管理者との間の連携をより有効・強固にするためには法制度の整備も必要である。
 さらに、河川管理者が河川や湖沼に関連する情報や施策内容を十分に開示し説明して、相互の理解のもとで合意形成ができるよう図らなければならない。この場合も住民、河川管理者の双方がお互いの責任、役割分担、費用負担等のルールを取り決める必要がある。河川管理者は住民との協働を具体化し、共有認識を高めるために河川条例を定めることも必要である。合意形成の基本は、「信頼」と「安心」であり、住民と河川管理者は、双方が共に十分な信頼、安心を獲得できるように努力しなければならない。なお、詳細については別冊「住民意見の聴取・反映に関する提言」で述べる。

(1) 情報の公開と共有
  1)情報の公開
 河川管理者は、河川に関する情報を普段からわかりやすく公開するとともに、事業実施の際は計画段階からの判断形成の過程や情報を、住民に対して包括的に公開しなければならない。情報提示に際しては、性別や年齢、障害の有無による情報格差が生じないように十分配慮しなければならない。なお、事業対象地域以外の住民にも広く情報が行き渡るよう、情報通信技術の活用等が必要である。
 また、公開する情報について、意図的な加工・隠蔽を行ってはならないのは当然のことであるが、社会的に重要な事項、あるいは今後重要とされる事項については、その論点を明確にした上で、情報を公開しなければならない。情報の公開後は、情報が住民にどう伝わったか、合意の形成にどれだけ役立ったかを確認し、情報発信のあり方を絶えず改善していくことが必要である。

2)情報の共有
 河川管理者が収集している情報だけでは、生活者の立場に立った河川整備・管理は実現できない。情報の収集や発信にあたっては、住民団体や地域組織等が自主的に収集している経験的な情報や調査研究情報をはじめ、他省庁、自治体が収集している情報についても積極的に活用することが必要である。
 生活の中で河川と関わってきた住民の経験や知恵、河川との固有の関係性は、河川整備を進める上で大切な情報であるが、統計やアンケート等の手段のみから把握することは困難である。河川管理者は、常時住民と積極的に接触すると共に、住民団体・地域組織等との交流を進め、隠れた真の情報を把握するように努めることが重要である。なお、これら情報の発信と収集について、住民とのコミュニケーションを円滑にするために、住民との対話を行う際の窓口となる部署や機関を設置することも必要である。

(2) 住民との連携・協働
  1)住民団体・地域組織等との連携
 新たな河川整備を行うためには、独自の情報網を持つ住民団体や、地域の事情に明るく生活者の立場に立った地域組織、さらには組織されていない住民等との連携が不可欠である。これにより、統計や図面等机上の議論を基に計画をつくる傾向がある従来の方式から、住民と行政がともに川の現場から発想する計画のあり方へと転換することができる。
 合意形成においては、居住地域や社会的な立場によって生じる利害関係の調整、河川管理以外の事業との整合性、きめ細かな住民ニーズへの対応等、さまざまな課題があるが、住民団体や地域組織等との対話や連携を通じて、広範な人々の意見反映と合意形成の円滑化が図れる。さらに住民団体・地域組織等は、行政の縦割りをのりこえて他省庁やさまざまな機関と連携した総合的な事業を進める可能性を有している。これら住民団体・地域組織との連携を行うにあたって河川管理者は、住民の自主性・自立性を尊重し、対等な立場で連携を進めることが必要である。したがって連携にあたっては、住民、河川管理者の双方が、お互いの責任、役割分担、費用負担等を常に確認しておく必要がある。

2)河川・環境学習の推進
 さまざまな生物が生息し、人との深い関わりを持ち、絶え間ない変化を見せる河川は、理想的な環境学習の場である。子どもたちが川で遊んだり、危険な状態や意外性を学んだり、防災訓練を行ったり、河川整備に参加したりする機会を創出することは、子どもの情操を育み、水の多様な意義を意識する人材を育成する上で有益である。
 また、新たに地域で生活を始めた人や、古くから住んでいても川への意識が薄い人々の影響で、災害の危険性や河川環境への負荷が大きくなっている場合がある。こうした人々に対して、危険への対処のし方や河川環境の保全のあり方等を学ぶ機会を積極的に作る必要がある。
 さらに、川のあるべき姿を知ることから節水などのライフスタイルのあり方が学べるよう啓発活動を進める必要がある。このような取り組みを促進するため、河川管理者は、住民団体や地域組織(例えば、自治会、老人会、婦人会、子ども会、PTA等)と連携し、積極的に学校や公民館等へ出かけて住民との対話を行うこと、環境学習や河川調査の成果を吸収し生かすこと、必要な受け皿(ハード)や情報(ソフト)の整備に努力すること、野外での安全教育を重視し、多様な自然環境と触れあうようにすることが必要である。

 

4−9 淀川河川整備計画策定・推進にあたって河川管理者が行うべき住民との関係構築

   本委員会では、住民の意見を審議にできる限り反映させることを目指して、様々な取り組みを行ってきた。その主な目的は、河川整備の方向性と河川管理者が住民意見をいかに反映させるべきかについて、よりよい提言を行うことであった。本委員会は、委員会における活動から得られた問題点・反省点をもとに、河川管理者は、その河川整備計画案作成にあたって、以下の施策を実施するよう強く要請する。

(1) 河川整備計画策定時
  1)情報の公開と共有
<情報公開の方針>
住民との連携・協働を図る上で、まず、河川管理者は自ら進んで情報を公開すること。公開する情報は、河川管理行政の遂行に有利なものに限らず、不利な情報も含めた一切の情報を公開しなければならない。
淀川水系の現状を十分説明すること。淀川水系流域委員会においても現状認識の共有に時間が必要であった。住民との議論を行うために不可欠な要件である。
河川整備計画策定の意義を住民に明確に理解してもらうよう、わかりやすい情報公開を行うこと。流域委員会の存在が広く知られていなかったように、河川整備計画がこれから策定されることを認知していない住民も多い。最初に、今、河川整備計画を策定しようとしていることを、その目的や目標を含めて広く知らせる必要がある。

<河川整備計画原案、河川整備計画案の作成方針>
河川整備計画原案および河川整備計画案を、わかりやすく作成すること。難解、誤解を招く、あるいは、後に複数の解釈の余地が発生しないよう、できうる限りわかりやすく明瞭に記述すること。このためには、住民の視線での記述、図表の多用、論点の図表化、解説パンフレットの作成、従来と何が変わるかについての対比表、用語集の添付等が必要である。

<計画策定過程の公開>
河川整備計画原案作成、および河川整備計画案作成時点のそれぞれにおいて、判断形成過程を説明すること。最終的に選択された結果だけでなく、それにいたる代替案とその費用便益分析、計画環境アセスメントの経過と選択・決定に至った結果も記載すること。また、検討された代替案もわかりやすく提示すること。
住民意見の反映過程を明示すること。論点ごとに、住民の意見、委員会の意見、河川管理者の意見を明示的に整理して開示すること

<情報公開の手法>
より幅広い住民に情報公開を行うこと。専門家の意見を聞くことが目的ではなく、住民の意見を反映させることが目的である。
主要な論点についての情報をテレビ、新聞、公報等で知らせると共に、市町村および地域における回覧板等の情報通信システムを活用するなどにより、河川整備計画原案をできる限り流域のすべての住民に周知すること。また、河川整備計画案については、流域内の県庁所在地等において、一切の情報を一室にまとめて閲覧と複写が可能になるようにすること。さらに、国土交通省が管轄する工事事務所等では早朝から深夜まで閲覧と複写が可能になるようにすること。
難解な資料については、説明、解説できる体制を作ること。流域を視覚的、立体的に表現した模型を作成すること。
住民がインターネットやその他の方法で容易に検索して情報が入手できる体制を整えること。

<情報の共有>
住民と河川管理者との連携・協働を進めるにあたって、住民と河川管理者の双方が所有する情報を共有する必要がある。淀川水系流域委員会を通じて、住民側の一定の情報は、河川管理者側に伝達されてきたが、今後は、住民側も自らの情報を河川管理者に提示し、積極的に情報共有するよう努力しなければならない。また河川管理者は、これら住民から提供された情報を広く流域住民が共有できるように公開しなければならない。

2)住民との連携・協働
淀川水系の今後のあり方は流域以外にも大きな影響を与えるため、流域住民に限らず、日本国内外の誰でも、意見を寄せられるようにすること。
住民から寄せられた意見については、できる限り誠実に応答すること。また、住民からの再意見表明に、合理的な理由がない限り回数の制限を設けないこと。
公聴会、講習会、研究会、公開討論会、現地見学会、共同調査等を行ったり、市民集会、地域集会等に参加したりして、幅広く討議すること。
流域の河川管理に深い関係がある住民とは、意見聴取にとどまらず、深い討論を行うこと。

 本提言において、「(2)河川整備計画策定後」に実施すべき施策として以下で記述する施策についても、できる限り速やかに実施することを要請する。

(2) 河川整備計画策定後
 河川整備計画策定後の、河川整備・管理については、河川整備計画の理念に合致するよう今後20年から30年後を見すえた長期的な視点で、住民と河川管理者の双方が努力しなければならない。河川管理者に対しては、特に、以下の施策を速やかに実施するよう強く要請する。

1)情報の公開と共有
情報技術を活用した情報検索の仕組み等、住民が知りたい情報をインターネットやその他の方法で容易に検索して入手できる恒常的な仕組みをつくること。
多様な住民との情報共有を強化するため、行政職員の住民との応対窓口は、通年対応できるようにすること。

2)住民との連携・協働
@住民・住民団体・地域組織等との連携
河川環境の保全と修復のためには、従来の河川工学的な知見だけでなく、人文・社会・自然科学(基礎・応用分野を含む)とともに河川に関わるあらゆる産業に従事している広範な専門家の協力が不可欠であり、河川に関する日常的な課題も含めて、随時助言を受けることができるように、専門家との協働や、人材バンクづくりをさらに進めること。
河川と住民・住民団体・地域組織等をつなぐ拠点として、既存の環境学習・地域学習施設を活かし、河川や湖沼の環境・歴史・文化・民俗、産業等に関する学習や調査を展開し、それから得られた情報を活用すること。川の公民館的な学習センターを可能な限り速やかに各地域に設置すること。
住民との協働による河川管理・整備技術を開発すること。河川の管理と整備は行政と業者が行い、住民はお客さん、という既存の枠組みを越えて共に汗を流すための新たな手法の開発を行うこと。
伝統工法の再認識と保存・継承、水防組織の再構築等を支援すること。
住民団体・地域組織等との連携事業の計画を公募・提案制度で創設すること。
住民との対応部局を常設すること。
河川管理者自ら河川環境に関する広範な分野についての素養を身につけるとともに、こうした広範な分野に精通した人材を幅広く育成するため人材交流の推進、研修体制の充実を図ること。
いわゆる公営・民営の交流の場づくり(施設と人材)や資器材の貸与等、多様なサービス機能を充実させること。
河川への知識と企画調整能力を持った人材を、住民団体等との連携により育成すること。また、住民と河川管理者との協働を支援する解説者を育成すること。これらの人材育成は関係省庁・自治体と協力して行うこと。
河川、自然、環境、歴史・文化、住民活動等の多様な分野で「人材の蔵」を創設するほか、住民側、河川管理者側双方に、いわゆる媒介人を養成すべく関係省庁・自治体とともに努力すること。

A河川・環境学習の推進
学校教育・生涯教育の中で、河川・環境学習を充実させるよう努力すること。
望ましい河川環境を理解するための図書等の出版を行うこと。
児童・生徒・学生、ならびに社会人の環境教育における体験学習の一環として河川管理への参画を支援すること。
川の情報室、川の出前講座、川の工房、シンポジウム、談話会、見学会、勉強会を開催すること。

B河川レンジャー(仮称)、流域センター(仮称)の設置
住民等の参加による河川管理の推進のため、法令に基づき一定の権限と義務を付与した河川レンジャー制度、および多様な住民・住民団体・地域組織等、さらに関係行政・運営諸機関等の河川管理活動の拠点として流域センターの創設を図る。

<河川レンジャー>
地域固有の情報や知識に精通し、一定の資格要件を満たした住民あるいは住民団体等を河川レンジャーとして任用するとともにその育成にも努め、河川管理上、必要な役割の一部を分担させ、新たな河川管理の推進を図る。河川レンジャーには、その任務の公的性質から、しかるべき法制度に位置付けるとともに、任務の遂行に関して、適切な権限と報酬の付与を図ることを関係省庁・自治体とも協議すること。

<流域センター>
河川レンジャーの活動拠点として「流域センター」の創設を提案する。この流域センターには、地域住民がより積極的に河川に関わる活動を展開できる環境を整備し、防災、上下流の交流・連携、川に学ぶ活動、現場博物館等の多彩な機能を持たせる。当面、既存設備または遊休施設を活用することとする。また、住民間の意見調整、住民と行政間の調整、一般からの意見聴取、様々な情報収集等を図り、河川と地域の課題に関する審議や意思決定を行う第三者的な機関として機能させることも検討する。


3)計画の継承・確認のための機関の設置
 計画の推進にあたっては、推進の弊害となる因子を抽出し、実現に向けて「何が問題なのか」を総括し、「どうすればよいか」の適切な手法を速やかに検討することが重要である。そのために先に述べた住民との連携・協働による新たな検討委員会の設置を提案する。さらに、計画が本来の趣旨にそって進展しているかや、社会情勢の変化や進捗状況により見直すべきか等について確認する機関を設置することを、現在の流域委員会をもとに検討する。

(注1)この項目には反対意見が付記されています。p.意-1をご参照ください。
(注2)この項目には反対意見が付記されています。p.意-1〜3をご参照ください。

 

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